23.03.29 update

箱根登山電車は、箱根の森とともに生きている生き物である

写真家・大橋史明 


 年少の頃からホームに鳴り響く音に耳を澄ませ、車窓の風景を眺めながら電車に乗ることが大好きでした。やがて使い捨てカメラの「写ルンです」などを携帯し鉄道の写真を撮るようになりました。いわゆる鉄道ファンの「乗り鉄」から「撮り鉄」になっていったのです。

 まだ小学生の頃ですが、自然の中を走る電車や光を活かした写真を雑誌で見たときは感動と共に、美しい世界を写し出すことができる写真の素晴らしさに目覚めました。中学生になって一眼レフを買ってもらうと写真を撮る喜びがますます強くなり、進路は写真を学べる大学を選びました。たまたまキャンパスが厚木にあったので、箱根の方面にも足を運ぶようになり、「天下の険」と言われる日本一の急勾配を登る箱根登山電車の撮影を始めました。

 昭和初期から走っている「100形」という旧式電車と箱根の森の組み合わせは絵になり、撮影場所や四季の変化でまるで違う景色を写し出すことができます。また、撮影をしながら沿線に住む人たちの話を聞くうちに、箱根登山電車は箱根の人々にとって「お客さんを連れてきてくれる仲間」であることを知りました。沿線の人たちの足でもあり、観光客にとってはまさに箱根を感じる象徴的な乗り物です。撮影し始めた当初は箱根登山電車を〝動く機械〟として見ていたのですが、次第に箱根の自然や人々の生活と共にしている、〝生き物〟として見つめるようになっていきました。

 原付に乗って機材を運び、登山者のようなスタイルで森に入ります。森の中に線路があるのでカメラを構える場所が取りにくいなど、登山電車の撮影は難しいと仲間うちでも言われていました。だったら挑戦してみようと、「箱根登山電車」を学生時代のテーマに選びました。2018年には大学卒業と同時にそれを「Tozan」という一冊の写真集としてまとめ、今でも登山電車のオンラインストアで販売して頂いています。

 また、2020年の春には「100形電車」とそれを支えるベテランの整備士たちを撮影する特別なチャンスに恵まれました。箱根の森の中を走る箱根登山電車を撮影し続け、「もっと深く、近くで電車と向きあう人々を見つめたい」という思いが芽生えてきた時でしたので、有難いタイミングだったと思います。

「100形電車」をベテラン整備士たちが支える姿は刺激的だった

 車体から大小さまざまな部品が取り出され、緻密な補修をされて再び組み立てられるという過程は、とても刺激的でした。電源を切ったときに発する火花の痕を撮りましたが、その模様はまるで現代アートの絵画のようでした。整備士たちの真っ黒に汚れた手と真剣に仕事に向かい合う高いプロ意識。まさに箱根登山電車の真髄を見る気がしました。そのときに撮影した写真で、2022年7月に銀座のキヤノンギャラリー、10月に大阪のキヤノンギャラリーと海老名のロマンスカーミュージアムで写真展を開催しました。ロマンスカーミュージアムでの展示は、電車と同じ大きさに写真を引き伸ばす挑戦的な展示方法で、多くのお客様にお楽しみ頂きました。

キヤノンギャラリーでの展示風景
ロマンスカーミュージアムでの展示風景

 しかし、写真展は最終地点ではありません。現在27歳の私はこれまでご縁をいただいたみなさんに写真でご恩を返したいという思いで撮影を続けています。そしてこれからも自分にしか撮れない「箱根登山電車」を撮りたいと思っています。

 最後になりますが、私が感じる「箱根の魅力」は、乗りものと自然がうまく融合していることです。そういう場所は他にないと思います。また、箱根にはレジャー系の施設や美術館などの文化的施設も充実しています。エリアごとに多種多様な温泉を比べるのもとても面白いです。最近は学生や外国からの観光客も増えました。箱根をディープに知っている人にも初めて来るライトな人にも、それぞれの楽しみ方ができるところが最大の魅力だと思います。(談)


おおはし ふみあき
写真家。1996年滋賀県生まれ。2018年東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。卒業制作として箱根登山鉄道「Tozan」を出版、在学中より箱根登山鉄道のポスター・グッズなどの写真撮影を行う。2021年より箱根ナビInstagramを撮る。

映画は死なず

新着記事

  • 2024.10.30
    第4回 森繁久彌(後編)☆ 小津安二郎への反抗

    文=高田雅彦

  • 2024.10.30
    ミニシアターブームを代表する名作『バグダッド・カフ...

    11月29日(金)試写会

  • 2024.10.29
    世界遺産「パリ・ノートルダム大聖堂」の一般公開が1...

    文化財保護を訴求する世界巡回展が日本科学未来館で開催

  • 2024.10.29
    映画『十一人の賊軍』―名もなき罪人たちはなぜ命を賭...

    山田孝之 仲野大賀ダブル主演、監督:白石和彌

  • 2024.10.28
    あぁ!二宮金次郎

    学校を追われたのか…

  • 2024.10.25
    メトロポリタン・オペラの最新ステージを映画館で。《...

    21館の映画館でメトロポリタン・オペラの最新ステージを。

  • 2024.10.25
    国宝《金沢本万葉集》や、東京大正博覧会で出品以来1...

    三の丸尚蔵館の秋の展覧会は、「公家の書と皇室の美術振興」

  • 2024.10.24
    2025年4月で閉館する俳優座劇場での劇団俳優座最...

    女優・岩崎加根子がシェイクスピアの『リア王』を92歳で演じる

  • 2024.10.24
    奥山由之監督の想いに共感した広瀬すず、仲野大賀、神...

    オムニバス長編映画『アット・ザ・ベンチ』SNSで上映館も拡大

  • 2024.10.24
    屈指の高級住宅街「成城」の歩み100年がわかる世田...

    日本屈指の高級住宅街「成城」の100年を世田谷区立郷土資料館で。

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!