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箱根をどりは健在なり、伝統芸能の灯は消さない

文=舘 美喜子
箱根湯本芸能組合 組合長


箱根芸者は近代経営に守られています

 箱根には古くから「お座敷遊び」という楽しみ方があります。身に付けた踊りや三味線など日本の伝統芸能で、お客様をもてなすものです。京都に次いで2番目の規模を誇る芸者文化は、箱根という観光地を支えているという自負を持っています。

 箱根湯本芸能組合ができたのは昭和の初期で、日本の高度成長とともに花柳界も栄えました。平成13年に組合長になって20年ほどになります。元々芸事が好きだったとか、身内にこの仕事をしていた者がいたわけではありません。青森県の高校を卒業して、偶々ある求人雑誌の「和服コンパニオン」という募集のお給料の高さにひかれて、友人3人で箱根を訪れました。

 芸者の募集とは知らず、「池田家」という屋号のお父さんとお母さんの面接を受け、あれよあれよという間に宴席に出ることになったのです。お姐さんたちの見様見真似の、体当たりでした。昭和60年代、景気も良い時代でした。箱根には450人以上の芸者さんがいてさらに土日になるとアルバイトさんも入り、箱根の旅館やホテルのお座敷は、それはそれは賑やかでした。「池田家」のお父さん(中山武夫)は会社の経営者でもあり、芸者の地位を上げ、封建的な因習を改革した人物です。休業補償や退職金など一流企業に負けない福利厚生を確立し、若い芸者が、芸を学び、安心して仕事を続けられる組織作りをしたのです。

箱根湯本にある見番ではお稽古の見学もできるようになっている。

 たとえば、一カ月月末まで働いた給与は必ず翌月の11日には支払われる。回収は置屋にやらせず組合の仕事です。組合からホテル旅館に請求書を発行し、各置屋に入金するようになっています。旅館からの支払いがなくても組合が立替えして置屋に払うのです。ですから芸者さんたちは、給与の心配は全くありません。また歌や三味線のお師匠さんには、組合から給与をお支払いし、芸者たちが高額の月謝を出さなくもお稽古ができる環境も整えています。踊りも、三味線も、鳴物のお稽古もすべて一律の月謝です。また置屋の女将になるには、7年間勤続しなければなりません。親子、姉妹は別ですが、芸者を引き連れることは許されず身一つで独立しなければなりません。お金さえ出せば置屋を始められる地域もあるようですが、箱根には厳しい決まりがあります。

 全国の組合からこのシステムを学びたいといらっしゃいますが、なかなか真似ができないと言います。それは、お父さん、中山組合長が私財を投げうってプールをしてくれたお金も大きかったこともあります。それと、箱根のホテルや旅館さんは支払いが滞ることが一軒もないからです。置屋は33軒あってもまとまりがいいのは、組織としてしっかり束ねられているからです。

残った芸者のパワーで箱根観光を助けます

 しかし、コロナ禍の影響で32軒の置屋に18歳から80歳まで約150人いた芸者は、現在109人までに減ってしまいました。働く場所もリモートで、宴会なんかいらない、そんな風潮です。オンライン飲み会や見番内でのイベントも行ってきましたが、売上げはずいぶん落ち込みました。けれども残った者は芸事が好きでお稽古を続けています。毎年、6月には「箱根をどり」で日々の研鑽を披露してきました。彼女たちのモチベーションのためにも舞台を用意したいと、クラウドファンティングで資金集め、「箱根をどり」の開催を決めたのです。町内のライオンズクラブや商工会議所など会合があると聞けば足を運び、全国からもご支援をいただいて目標の500万円を超える資金が集まりました。残念ながら披露の1週間前に2人の感染者が出てしまい、ライブ配信でお届けしました。お正月早々、ユーチューブでもご覧いだけるように進めています。

「箱根をどり」は、毎年6月に1日3回公演で開催される。普段は見ることのできない芸者衆の、粋で艶やかな踊りや芸を見ることができる。芸者衆も日々の研鑽の披露の場だ。

 大涌谷の噴火、台風被害、東日本大震災などの落ち込みはせいぜい半年で回復しましたが、コロナ禍は事情が違います。旅館の朝ご飯の支度を手伝い、帰ってきてお稽古、また着替えて旅館に行く。アルバイトをしながらお稽古を続けている彼女たちは、この仕事に魅力を感じ、花柳界で残っていきたいわけです。そのためにも待つだけではなく、積極的に外に出て行きます。その一つとして、ジャズや洋楽を演奏する芸者バンド婆娑羅(バサラ)を結成しました。ドラムセットは和太鼓が組み込まれ、胡弓やピアノと共に演奏するのですが、小田原の新しい商業施設「ミナカ」の1周年記念のイベントにも出演しました。

芸者バンド婆裟羅は、ジャズの名曲などを、和服姿でサックスやトランペットなどを吹き鳴らし、イベントを盛り上げる。

 109人になってしまいましたが、ここからは仲間を減らしたくない。コロナ禍の前から男性だけでなく女性のお客様に楽しんでもらえるような試みをしてきました。海外の観光客にもお座敷遊びを楽しんでもらいたいですし、そのためには英会話も続けています。

 箱根は国立公園内にあり、風俗業に厳しい制限が町全体にあります。そしてお客様の幅が政治家から大企業の経営者や幹部さん、中小企業の経営者もいれば、小田原の福引で景品にあたったというようなお客様まで幅広いので、その対応力はどこにも負けません。気位ばかり高い芸者や、反対に下品な遊びをする芸者もいません。ちょうどいい塩梅なのです。

副理事で広報担当の置屋「松芳」女将の竹澤政子さん(左)と組合長の舘美喜子さん(右)

 幸い、箱根町長をはじめ町にも、箱根芸者の文化を絶やさないようにと、応援して下さる皆さまが多いのも肌で感じております。「朝の来ない夜はない」と言います。「伝統芸能の灯を消さない」この覚悟で、これからも箱根の観光産業の一端を担っていきます。


たて みきこ
青森県生まれ。19歳の時求人誌をみて、置屋「池田家」に入る。平成4年から連続3年間ナンバーワンの成績を誇る。平成7年置屋「和喜田」を開業。平成13年より箱根湯本芸能組合組合長。

箱根湯本芸能組合
[住] 神奈川県足柄下郡箱根町湯本694
[問] 0460-85-5338

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