プロマイドで綴る わが心の昭和アイドル&スター
大スター、名俳優ということで語られることがない人たちかもしれないが、
青春の日々に密かに胸をこがし、心をときめかせた私だけのアイドルやスターたちがいる。
今でも当時の映画を観たり、歌声を聴くと、憧れの俳優や歌手たちの面影が浮かび、懐かしい青春の日々がよみがえる。
プロマイドの中で永遠に輝き続ける昭和の〝わが青春のアイドル〟たちよ、今ひとたび。
企画協力・写真提供:マルベル堂
夏木陽介さんと初めて会ったのは、2009年だった。「コモ・レ・バ?」の創刊号に登場していただいたのだ。「沿線グラフィティ」というシリーズ企画の第一回が成城学園前に決まったとき、東宝の青春スターだった、憧れの兄貴である夏木陽介さんに登場していただきたく連絡をさしあげた。個人的にも、一度お会いしてインタビューさせていただきたいと願っていた。間をおかずして、出演了承のお返事が届いた。「青春とはなんだ」の野々村健介先生に会えるのだと心が浮き立った。「東宝撮影所の青春」と題した街歩きは、夏木さんが青春真っ只中を過ごした東宝スタジオからスタートした。当時73歳だったが、ピンクのポロシャツにジーンズ姿の夏木さんは若々しく、撮影所の話や、三船敏郎、司葉子、宝田明ら、撮影所で共に青春の日々を過ごした俳優仲間たちの話をしてくださった。東宝の俳優たちがよく訪れていた成城アルプスで、イチゴのショートケーキをおいしそうに召し上がっていらした姿が、今でも鮮やかに記憶に残っている。実は下戸で、大の甘党だということも、このとき知った。
携帯の連絡先も交換していただき、2010年には<コモ・レ・バ・ クラブ>のトークショーにも出ていただき、トークのお相手を務めさせていただいた。2011年には司葉子さんと共に表紙も飾っていただいたが、2018年1月14日、帰らぬ人となった。お別れの会には、宝田明、司葉子、北あけみら東宝の俳優仲間、竜雷太、浜畑賢吉、中村雅俊、岡田可愛、柏木由紀子ら、日本テレビ系日曜8時枠青春ドラマシリーズの仲間たち、原田大二郎、倉田保昭、藤田三保子らドラマ「Gメン‘75」の仲間、ラリードライバー仲間の篠塚健次郎、同級生のジャズシンガー・ホキ徳田、三船敏郎の長男で三船プロダクションの代表三船史郎さん(夏木さんは一時期三船プロに所属していた)、大好きなマージャン仲間の元プロレスラー坂口征二さん、その他にも恩地日出夫監督、渚まゆみ、音無美紀子、小沢仁志ら、多くの友人たちが集まった。夏木さんの人柄か、まるで同窓会のようなにぎやかさで、春の日差しのような温かなお別れの会だった。
夏木陽介は、明治大学在学中に、画家・中原淳一が編集・発行の雑誌「ジュニアそれいゆ」にモデルとしてスカウトされ、1958年、大学卒業と同時に東宝に入社した。「夏の太陽に向かって真っすぐに伸びていく若木のように、たくましく生き生きとした俳優になって欲しい」との思いを込めた中原淳一の命名により、俳優「夏木陽介」が誕生した。入社して数日後には、『大人には分からない』でスクリーン・デビューを果たしている。続いて、石原慎太郎の小説の映画化で、石原がメガホンをとった『若い獣』に出演し、『密告者は誰か』では、早くも主演を飾り、白川由美、水野久美らと共演。監督の熊谷久虎は、原節子の義兄で、本作が最後の監督作品だった。デビューの年から5本以上の映画に出演している。
その後も、岡本喜八監督の『独立愚連隊』をはじめとする『愚連隊シリーズ』、『暗黒街の対決』、『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』、成瀬巳喜男監督『秋立ちぬ』、『サラリーマン忠臣蔵』『サラリーマン清水港』などの『社長シリーズ』、『大坂城物語』、『野盗風の中を走る』、『喜劇 駅前温泉』、四十七士の一人で、大工の妹の星由里子と恋仲になる岡野金右衛門を演じた『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』、『太平洋の翼』、『今日もわれ大空にあり』、『三大怪獣 地球最大の決戦』などの『ゴジラシリーズ』、『こゝから始まる』、『沈丁花』、『これが青春だ!』、木下惠介監督『なつかしき笛や太鼓』、『燃えろ!太陽』など、時代劇、戦争映画、現代アクション映画、青春映画、サラリーマン映画、文芸映画、怪獣映画と、多彩なジャンルの映画に出演し、確かな印象を残している。映画では、加山雄三、チャールズ・ブロンソンに似た日本人離れしたアクの強い風貌の佐藤允とのトリオでの出演が多かったように記憶している。