安心の感染症対策でお客様を迎える
――再開の準備はどのようになさっていましたか。
木下 緊急事態宣言の解除が当初ゴールデンウイーク明けに予定されていたのが延期されたときは、いつ再開できるのかと不安でした。ただ、6月1日に都のロードマップがステップ2に移行する前から、ある程度の見通しというものは出されていたので、そこを拠りどころに準備していました。新たに会員になられた方々には会員証や招待鑑賞券などを5月31日までにはお届けしなければいけないのですが、有効期限をいつに設定するのかを決めなければいけません。ある意味賭けだったのですが、有効期限を来年6月末に設定して印刷に出しました。6月1日から再開することができたので、通常通りの会員期間でご使用できるといういい形に収まりました。振り返ってみると、まさに綱渡り状態だったと思います。
――再開に当たっての感染症対策はどのようになさっていますか。
木下 興行組合に入っていますので、興行組合のガイドラインを参考にしながら当映画館でできる最善の感染症対策を実施しています。客席も前後左右を空席状態にするので、現在の定員が通常の半数の64席ということになります。一日に5、6作品上映するので、作品によってお客様の数も増減がありますが、通常だったら126席が満席になることを見込める作品が64人しかお客様をお入れできないというのは、やはり苦しいですね。再開初日の1回目上映のお客様は10名程度で、その日は5回上映でしたが1日のお客様は50~60名くらいでした。多くの方々から応援の声をいただいていたので、再開と同時にお客様がつめかけるような状況になったらどうしようというような想定での対策も考えたりしていたのですが、お客様としてもやはり対策がしっかりとられているという安心感がなければ映画館にも足を運べる状態ではないですよね。7月中旬くらいから、お客様が少しずつ戻ってきて営業として見られる数字になってきました。それまでは毎日驚愕の数字で、その数字がこの先も続くのなら、もう一回閉めなければいけないかなとも危惧していました。
地元の人々と共に生きる映画館
――常連のお客様から30万円の寄付があったとうかがいましたが。
木下 私もよく存じあげてはいなかったのですが、当館をよくご利用いただいているという方で、「この映画館がなくなると困るから」と、30万円ご寄付してくださいました。実はその後、100万円寄付してくださったご婦人もいらして、再度来てくださったときにご挨拶させていただきましたが、「ここで、よく映画を観させていただいているので」ということだけで寄付してくださったのです。改めてこの映画館が地元に根ざした、住人のみなさまに愛されている映画館であることを実感すると同時に、私は何て幸せな映画館の支配人になったのだろうと、心が震えました。平成10年に経営危機に陥ったときも、「地元から映画の灯を消してはいけない」という下高井戸の人々の映画館と映画に対する思いの深さによる支援で、今もこの映画館が存続できていると聞いていますが、それを今、実際に私が体感しているわけです。先のお2人だけでなく、1万円、5千円、千円とか金額はそれぞれですが、どこのどなたとも存じ上げない多くの方々が寄付してくださっていて、みなさまのそのお気持に応えるためにも、絶対にこの映画館を守っていかなければという思いが強くなっています。下高井戸だけではないと思いますが、街とともに存在し、住人の方たちの生活の一部になっている映画館っていいなと思います。それはターミナル駅や繁華街の大きな街にある映画館とはまた違うんですね。常連のお客様がいらして、映画館をご自身の生活の場として守ってくださっているんです。
――今、映画館の館主として支配人として何を伝えたいですか。
木下 映画館で映画を観るという体験というのは他の何をもってしても変えられないものだというのは実感として持っていますので、ぜひ、映画館に映画を観にでかけるということをやめないでいただきたい、あきらめないでいただきたいと願っています。映画館という、ある意味知らない不特定多数の人たちと空間と時間を共有するわけですが、その空気感というものはやはり独特なもので、家でDVDやビデオで観ることでは味わうことのできない空気感だということを体感していただきたいと思っています。私たちも映画館に出かけることはこんなに楽しいんですよ、ということを伝え続ける努力をしていかなければいけないなと思います。お客様が通いたくなるような魅力的な空間をご提供することを肝に銘じて、今は感染症対策を万全に整えて、この窮地に向き合っていかなければと思っています。
下高井戸シネマ
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