歌舞伎座御用達のばらちらしに悦ぶ
付け台を間に職人と一対一の握りはいささか緊張するが、重箱にいろいろな種を盛り込んだちらし寿司はぐっと気楽になる。その〈ばらちらし〉の元祖「銀座ほかけ」へ。
「いらっしゃいませ」
丁寧に迎えてくれたのは三代目親方の娘さん。昨日までの三店が男の世界だっただけに、いっぺんになごやかな雰囲気に。娘さんがまだ子供のときの雛祭に、父が丸い塗り桶飯台にいろいろな寿司種を散らし載せて出してくれた。それが今や看板になったというエピソードがいい。ばらちらしは愛娘の雛祭りを祝う親心から生まれたのだ。その女の子は今やとびきりの美人になって客を迎えている。
古くから銀座三越裏で続いた店を東銀座に移すと、ばらちらしはすぐ近くの歌舞伎座への出前や、幕間に食べに来るのに重宝され、ぐっと注文が増えたそうだ。玄関控えには平山郁夫画伯の月に駱駝の絵、書額「壺の酒は天まで噴く秋の清水さあ飲んでくれ 遥かな友よ」は詩人・大岡信。女の顔に賛「乾坤一双」の絵は一目で棟方志功とわかり、かつて座敷に盆を運んで来た女性に「ちょっと座って」とさらさらと描いたものとか。いかにも客筋の良さがわかる。
さて老練八〇歳親方の〈ばらちらし・四五〇〇円〉。かんぴょう・きざみのり・車えびおぼろ・玉子焼・えび・こはだ・こだい・はまぐり・ほたて・穴子・もろきゅう・つめ・しいたけ・かまぼこが散らされた、まさに百花満開だった。
名店ランチ寿司巡りはとても良かった。なにごとも一歩から。顔がつながっているうちに裏を返そう。
おおたかずひこ
グラフィックデザイナー・作家。著書の本欄が一冊になった『太田和彦の東京散歩、そして居酒屋』など多数。