金沢おでんの数ある名店は庶民と学生が育ててきた
金沢はおでん屋が多く、「赤玉」(創業昭和二年)、「菊一」(昭和九年)、「若葉」(昭和十年)、戦後間もない「大関」「三幸」など名店がいくらでもある。そのわけは、旧制四高など金沢は学生を大切にする町で「安いので学生でも入れる」からなのだそうだ。
「一寸一パイ」の紺暖簾に風格がある「高砂」は創業昭和十一年。金沢おでんは「関東と関西の中間」。出汁は関西の牛スジが欠かせないが、おつゆは関西のようにぐらぐら煮え立たせず静かに温めているだけの関東型だ。
特徴はよそにはない金沢だけの種だ。第一のお奨めは、香箱カニを丸ごと一杯剥いて甲羅に詰め直し、注文を受けてから十分間煮る〈かに面〉で、カニ身・内子・外子・みそ、とカニのすべてを味わえ、最後は空いた甲羅に燗酒を注ぐ〈甲羅酒〉が最高だが、これはカニが解禁になる冬しかない。
〈ばい貝〉は掌いっぱいにずしりと重い超大型を殻ごと煮てあり、尻尾の黒い胆まできれいに剥きだすのは素人では無理。そして出てきた身は殻より大きい。比喩ではなく、殻にパンパンに詰っていたのがふくらむからだ。さらに新潟名産〈車麩〉、白身魚のすり身をふかした(蒸した)〈ふかし〉。一番人気は生委味噌で食べる串刺しの〈牛スジ〉だ。
静岡おでんは、もともとは駄菓子屋の店頭で子供相手に串刺しで売っていたものが、大人も食べるようになったという。食べるときに〈魚粉〉と〈青海苔〉をかけるのがお約束。代表は〈黒はんぺん〉。昔は市内あちこちに屋台があったが、今は「青葉おでん街」などに集まっている。名店の気取りの全くない駄菓子感覚が静岡おでんだ。
おでんは庶民のもの。東京、大阪、金沢、静岡。それは自然に風土を反映しているのだろう。
女将の気風と手際の良さで紳士たちに人気を呼ぶ老舗
神田駅に近い「尾張家」は創業昭和二年の老舗。着物に白割烹着の女将は、おでん鍋前にすでに五十七年立つ。
「豆腐、大根、キャベツ」
「はい、ただいま」
蛸唐草の皿に太い箸で取り、おたまでちょいとおつゆをかけ、辛子をぺたり。おでんはすぐ出るのが取り柄だ。
はふはふ。豆腐はおかかに刻み葱がかかり、筒切り大根は半分ほど茶色に染み、かんぴょうで巻いたキャベツには挽肉。その味は飽きのこない中庸だ。
コの字カウンターの店内は気楽ながら品があり、〈尾張家さんゑ〉と書かれた、創業六十周年、七十周年の祝い額に続く九十周年は〈三井物産株式会社化学品OB会〉〈日本紙パルプ商事株式会社OB会〉〈株式会社アルク〉の字が囲む。正面の、高さおよそ一尺の立派な招き猫一対もおなじみが作ってくれたものだそうだ。
開店間もなく、どんどんやってくる客は身なり立派な年配の会社紳士組が多く、女将から「○○ さん、そこね」と名前で呼ばれて、いかにも慣れた様子だ。
接待などの上等な料理屋とはちがう家庭的なくつろいだ雰囲気は、何十年通う常連を、そしてOB会をつくるのだろう。おでんの気楽さがそうさせている。
おおたかずひこ
グラフイックデザイナー、作家。著書に『東京居酒屋十二景』池多数。