矢口書店
昭和の風情を残した店構えの矢口書店は、創業大正7 年(1918)。映画・演劇・演芸・戯曲・シナリオ、落語を扱う専門店だ。ウィンドー越の柳家小さんや金原亭馬生の色紙、市川猿翁・中車・團子襲名披露記念品、立川談志ひとり会のCD 集などに吸い込まれるように中に入ると、映画監督、俳優ごとに並べられた棚、テレビドラマや映画の台本、サイン入りの写真集やポスターが所狭しと並ぶ。路面に向けた書棚は専門分野とは外れるものの、文学全集や初版本など掘り出し物が多いと評判だ。「今はみなさんパソコンでよく調べて一番安い本を買おうとするでしょ、古書店は大変ですよ」という店主の矢口哲也さん。だが、店内には宝探しをする楽しさがある。
[住] 千代田区神田神保町2-5-1 [問]03-3261-5708
一誠堂書店
格式高い佇まいの店内は、壁に沿って設えられた書棚に分厚い本が整然と並ぶが、天井が高く圧迫感がない。1 階は国文学、歴史、郷土史などの古書が揃い、2 階は欧米のみならずインド、イスラム、中央アジアなどの洋書や美術書、和本が揃えられ、まるで博物館のようだ。一誠堂書店は、長岡で初代酒井宇吉氏が「酒井書店」を創業した後、神田の東京堂で修行し、明治39 年(1906)この地に店を構えた。宇吉氏は後進の育成にも力を注ぎ、ここで修行した店員が独立してこの界隈で店を営んでいるという。三代目店主の酒井健彦さんの2 階の執務室には、店内にまだ出ていない古書の数々が積まれている。「これは室町時代の暦」「これは天平時代のお経の本」と、歴史の重みを感じさせる和本を次々と見せていただいた。大正2 年の神田大火や、大正12 年の関東大震災で神保町は一誠堂書店も含め軒並み焼失しただけに、耐火性を重視した建築で、執務室の鉄扉にもこだわりがある。宮内庁や国立国会図書館、国内外の大学や美術館の信用を得ているのも頷ける。
[住] 千代田区神田神保町1-7 [問]03-3292-0071
アカシヤ書店
店に入ると木村義雄、大山康晴、中原誠の三名人の色紙が目に飛び込んでくる。日本で唯一の囲碁将棋に関する書を専門に扱うアカシヤ書店。戦術に関するものから、文化、歴史を記したもの、現役棋士の羽生善治、谷川浩司に関する書がズラリと並ぶ。勝負は技量から心理戦、心の闘いに通ずるため、心理学や易の古書も集まってきたそうだ。奥の棚に並ぶ江戸時代の囲碁の本「本因坊定石作物」は1616年のものでお値段150万円。初代名人・大橋宗桂著「象戯馬法井作物」(1607年刊)は、最古の将棋本といい130万円。「店内で知り合ったフランス人と日本人が郵便で碁を打っているんですよ、碁は世界的なものになりました」という店主の星野穰さん。店の奥から出してくれた、伝説の天才棋士・升田幸三の「新手一生」や、大山康晴絶筆の書「王将」からは、勝負の世界に生きた男の魅力が伝わってきた。
[住] 千代田区神田神保町1-8 [問]03-3219-4755
ボヘミアンズ・ギルド
本を持つかわいらしい人形が迎えてくれる店内に入ると、1 階は国内外の美術書を中心に、写真、建築、哲学など多彩な本が並ぶ。ボヘミアンズ・ギルドは、池袋、阿佐ヶ谷で稀覯本を扱ってきた夏目書房三代目・夏目滋さんが平成16年(2004)に出店した。2 階は静かなJAZZの流れるギャラリーのような空間に、ショーケースがいくつか並ぶ。竹久夢二の作品の展示で知られる弥生美術館も求めにくるほど、その著作や装丁本、婦人グラフから毛筆の書簡まで、夢二作品が豊富だ。また、芥川龍之介の未定稿の「お紋の話」や「湘南の扇」、高村光太郎、室生犀星、伊藤左千夫らの草稿、赤字の入った安倍公房の草稿など文学記念館に来たような錯覚を覚える。洋画や日本画、リトグラフなど思わぬ作品が発見できるのもおもしろい。
[住] 千代田区神田神保町1-1 木下ビル1、2F [問]03-3294-3300
〈おおた・かずひこ〉グラフィックデザイナー・作家。著書に『自選・ニッポン居酒屋放浪記』『居酒屋道楽』『居酒屋百名山」など。『70歳、これからは湯豆腐』(亜紀書房)、『家飲み大全』(大和書房)。他数冊の刊行が予定されている。