23.06.09 update

本郷菊坂通り、麻布がま池界隈、佃~月島界隈の路地裏の発見

2013年10月1日号「街へ出よう」より


裏道であり、抜け道であり、隠れ道であり、
夕涼みの道であり、立ち話の道であり、
子供の遊び場である東京の路地。
一歩路地に入ると、軒先には緑の鉢植えが並び、
家には煙突があり、二階には物干し、風鈴がゆらゆらと風になびく。
ゆったりと時が流れていく路地の家々はのどかだ。
昭和情緒を訪ねて路地を歩いてみませんか。

麻布十番稲荷に祀られる「蛙」にお参りして、いざ路地裏散策へ出発! photograph by Yasukuni

東京の路地を歩く

~昭和の風景が残る場所~

文・太田和彦


都会の路地は一種のけもの道

 大学で上京してから都内の引っ越しを繰り返し、そのたびに近所をじっくり歩いた。
 最初に住んだ下北沢南口は、その先は高級住宅地で当時首相の佐藤栄作邸や女優・久我美子邸があった。下北沢一帯の道はどこも狭く複雑なためバス、タクシーは入れず、駅前は駐車場がなく改札を出るといきなり商店街。道はつねに歩行者天国で三差路、五差路は当たりまえの迷路はぽつんと一軒家の喫茶店(ジャズ喫茶「マサコ」、なくなった)だったり、教会がひっそり建っていたり、長屋住宅があったりした。
 この春に地下化した下北沢駅は、リニューアルされる計画と聞くが、ちょっと待て。ここはやはり自動車乗り入れ禁止は守りたい。歩いてこそ街が自分の街になり、しかも交通事故は絶対にない。人が歩くことでストリート文化が発生し、それが街の豊かさになり、さらに人を集めた賑わいになる。下北沢はそうして演劇や音楽などサブカルチャーの街になり、若者と若い心を持つ大人の街になった。東京でこういう文化のある最後の街が下北沢だ。ここに遊びに来る欧米の若者が増えているのは、肌やセンスに感じるものがあるからだろう。再開発キャッチフレーズをこうしよう。「歩く街・下北沢」。
 これは「路地の文化」だ。私は東京で初めて住んだ街で路地の文化を知った。それまで住んでいた信州の山奥は路地というものはなく、もしあれば「けもの道」だった(笑)。
 (笑) にしたが、都会の路地は一種のけもの道ではないか。官が筋を引いた表道に対して自然発生した裏道。近道であり、抜け道であり、隠れ道であり、すれ違いを譲り合う道であり、立ち話の道であり、夕涼みの道であり、子供の遊び場だ。

十億ションが立ち並ぶ間に小さな木造二階長屋群

 30歳を過ぎ六本木烏居坂のマンションに越すと、日曜の朝はいつも近辺の散歩に出た。麻布十番から暗闇坂を上がった元麻布は東京一の古い高級住宅地だ。信州の田舎で読んだ本であこがれた戦前東京の落ち着いた上流お屋敷は、きちんとした挨拶をかわす父母がいて、名門女学校に通う女学生の弾くピアノが聞こえるはずだ。
 そういう家はいくつもあった。田舎の屋敷とはちがい殆どはひっそりした洋館で、人の気配はうかがえなく、ヒマラヤ杉の梢の間に見える二階の窓はカーテンが引かれていた。長々と続く塀で囲まれた車寄せのある玄関の古い洋館の多くは大使館、或いは戦前からの財閥の会員制クラブ。外国人子女の「西町インターナショナルスクール」は日本の学校と雰囲気がちがい、小さな外人向けマンションはマンションブームで売り出し中の派手な外装とちがい、隠れるようにに瀟洒に建っていた。
 一方、仙台坂上には古い豆腐屋も旧・宮村町内会掲示版もある。三田には木造二階長屋が幾棟も並び、銭湯「日の出湯」にはよく通った。最も驚いたのは元麻布二丁目の、今や億ションならぬ十億ションが立ち並ぶ間にある小さな「宮村児童公園」脇の木造二階長屋群だ。その風景は月島や佃と変わらなかった。

1 2 3

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!