第一線の画家たちが画力のみに専心した絵の魅力
館の主役は明治天皇の一生を描いた絵画だ。両翼全長112メートルの展示室のかまぼこ型天井は自然採光で、美術館多しといえどもすべての作品を自然光で見せるところは聞いたことがなく、正確に東西軸に沿うため一日中光が保たれる。学芸員の方によるとおすすめは午前中、夕方はちょっと暗くなりますと苦笑された。
並ぶのは縦3メートル、横2.7メートルに定められた、明治天皇の「御降誕」から「大葬」までを描いた日本画40点、洋画40点。動員された当時第) 線の画家は76名。全80題がそろった昭和11年の完成式ではそろって自作の前に立ち、閑院宮殿下ほか各界要人を迎えた。画家の胸中には誇りがあったことだろう。
その絵は、決められた場面を正確な考証で説明的に描き、登場人物は顔が似ることが必要だ。自分独自の主題や画風を最も大切にするはずの画家が、それを全く排し、ただ画力のみに専心した絵は、個性云々とは全く異なる魅力がある。
美術で歴史を歩く豊かな時間に浸る
絵には場面や登場人物の詳細な解説、画家名、奉納者がつく。日清日露戦争などの派手な題材よりも、例えば44図「兌換制度御治定(貨幣制度の改良)」(画家・松岡寿)は、質素な一室の書斎机に立つ明治天皇に、大蔵大臣・松方正義、右大臣・岩倉具視、太政大臣・三條實美が制度を講進する場面が日常を伝えて面白く、奉納者・日本銀行もむべなるか。
画題に天皇はつねに登場するわけではない。13図「江戸開城談判(江戸城開け渡しの会談)」(画家・結城素明)は、刀を脇に置いて一室に対峙する西郷隆盛と勝海舟で、奉納者・侯爵西郷吉之助・伯爵勝精は末裔であろう。
私の最も好きな画家・鏑木清方は美人画の第一人者らしく、北陸ご巡幸中の天皇を案ずる皇后陛下を描いた40図「初雁の御歌」だ。じっくり見とれたのは、47図「岩倉邸行幸(岩倉具視を病床にお見舞い)」と、32図「皇后宮田植御覧」だ。どのような絵かはぜひご自分の目で確かめていただきたい。
これだけの建物と絵画がわずか500円で見られるのは(文化財維持のためにも)安すぎると思うが、だからこそ何度も訪ねられるとも言える。じつさい私は独身時代にながく近所に住み幾度も入った。美術で歴史を歩く豊かな時間。ここは繰り返し訪ねて楽しむ美術館だ。
並木道をふくむ絵画館周辺は東京で最も品と風格のある景観だ。その背景に高層ビルの計画があると聞くが、ちっぽけな経済効率が文化的景観を破壊してよいわけがない。隣に建設中のオリンピックに向けた国立競技場も大いに気になる。世界の一流都市はどこも古い名建築を守って都市の風格としている。東京が一流都市であるためには、これ以上景観を壊してはならない。
聖徳記念絵画館
【住】新宿区霞ヶ丘町1-1
【問】03-3401-5179
おおたかずひこ グラフイツクデザイナー/ 作家。著書に本欄が一冊になった『太田和彦の東京散歩、そして居酒屋』など多数。