本にしたい、映画にしたいとかきたてられる〝銀幕の夢〟
さて、四捨五入すれば半世紀もの時が流れて、映画評論家となった私はついに東宝撮影所のサロンで、あの「初恋の人」にお会いできた。あつかましいことであるが、本多猪四郎監督の特撮映画にとどまらず、岡本喜八、福田純監督のアクション映画、成瀬巳喜男監督をはじめとするメロドラマ、そしてテレビドラマまでを射程に入れて水野さんの女優人生をめぐる思い出をトータルに書き留めておこうと思ったからだ。憧れの人との出会いにいくぶん緊張していた私は、お美しさご健在の水野さんのまるで気取らない、気さくなお人柄に一気に気持ちを解きほぐされてしまった。そしてまたあのいよいよ張りのあるお声で再現される撮影所での思い出の数々は、水野さんの意外な横顔もうかがわせつつ、全てに勢いと矜持があった昭和のよき時代の記憶を蘇らせるものだった(洋泉社刊『女優水野久美 怪獣・アクション・メロドラマの妖星』を参照されたい)。
私はこの上梓に乗じて、銀座の映画館で「水野久美映画祭」と称して人気作からなかなか見られない異色作までを上映し、水野さんと満員のお客さんの前でトークをさせて頂いたが、そうこうしているうちにこのあいかわらず素敵な現在の水野久美さんのお姿を自分の手で愛をこめて銀幕に刻みたい、という無謀なる衝動が湧きたった。その映画『インターミッション』は水野さんはじめ33名のスターが私の呼びかけで、実際に耐震性の問題で取り壊しが決まった銀座の60年モノの映画館を舞台に「今どき失われた昭和っぽい無茶が満載の面白い映画を作ろう」と手弁当で集まってくださった異色の映画である。
水野さんの役柄は、かつて広島で被爆した(らしい)実業家のマダムで、シネフィルのかわいい孫娘から映画館を作ってほしいとねだられているという設定。「おばあちゃんは放射能が怖いどころか、ゴジラみたいにガーッって放射能吐いちゃうから!」なんて痛快なオマージュの台詞もある。幸福感あふれる撮影現場では、水野さんの華やかさ、そしてたちどころに物語の磁場をつくる演技力に唸らされっ放しだった。
それにしても三歳で出会った憧れの銀幕のスターと自伝を編ませて頂いただけでなく、自らの映画の女優となっていただく日が来ようとは、『フォレスト・ガンプ』の台詞を借りればまさに人生はチョコレートの箱のよう……であるのだが、こうして世紀をまたいでも水野さんのことを本にしたい映画にしたいと熱っぽくかき立てるものは、あの水野さんのあいかわらずの溌剌とした若さ、お美しさであり、そして何より水野さんが今もなお醸されている蠱惑的な〝銀幕の夢〞ゆえのことである。
みずの くみ
女優。新潟県三条市生まれ。小学生のころから演じることが好きで高校時代は演劇部に所属し演劇に熱中した。高校卒業後、俳優座養成所7 期生となる。1957 年松竹映画『気違い部落』で映画デビュー。その後東宝に入社、映画『マタンゴ』『怪獣大戦争』などで特撮映画のミューズとして国際的に人気を博し、現在も映画、テレビ、舞台で活躍中。映画『鰯雲』『若い娘たち』『密告者は誰か』『若旦那は三代目』『コタンの口笛』『ある日わたしは』『日本誕生』『独立愚連隊西へ』『顔役暁に死す』『妻として女として』『その場所に女ありて』『妖星ゴラス』『国際秘密警察』シリーズ『大盗賊』『血とダイヤモンド』『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』『恋は緑の風の中』『快盗ルビィ』『大誘拐』『ゴジラ×メカゴジラ』『ゴジラ FINAL WARS』『世界のどこにでもある場所』『百年の時計』、テレビ「雪燃え」「細雪」「真田幸村」「わが母は聖母なりき」「樅の木は残った」「八つ墓村」「気になる嫁さん」「人生劇場」「岡っ引どぶ」「鉄道100 年 大いなる旅路」「さよなら今日は」「だいこんの花」「おていちゃん」「たとえば、愛」「ぬかるみの女」「虹を織る」「二年B 組仙八先生」「妻の定年」「ノンちゃんの夢」「白鳥麗子でございます!」「水戸黄門」シリーズ「眠れる森の熟女」など多数の出演作がある。59 年の芸術座『今日を限りの』以来、舞台出演も多い。
ひぐち なおふみ
映画評論家、テレビドラマ評論家。1962 年佐賀県唐津市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。中学時代から8ミリ映画を制作し83 年にぴあフィルムフェスティバルに入選。85 年には初の映画評論集を出版。87 年に電通に入社、現在もクリエイティブディレクターとして活躍中。『ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグ』『テレビヒーローの創造』『女優と裸体』『黒澤明の映画術』『大島渚のすべて』『「砂の器」と「日本沈没」70 年代日本の超大作映画』『「月光仮面」を創った男たち』『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70 年代の日本映画』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『万華鏡の女 女優ひし美ゆり子』『テレビ・トラベラー 昭和・平成テレビドラマ批評大全』などの著書がある。