文=利重 剛
雑誌¿Como le va? vol.25 表紙・早田雄二写真シリーズ第5弾
しっとりとした和服姿の美しさ、洋装の現代的な着こなし、艶やかな、あの独特の声音で語られる香り立つ台詞。
新珠三千代という女優は、まず美人女優の代表格の一人であろう。
さらには、あらゆるタイプの「おんな」を演じられる幅の広い女優である。映画『女の中にいる他人』では貞淑な妻の心に潜む女のエゴイズムの極地を見せ、『丼池』では、お金にがめつい、調子のいい女を軽やかに演じ、テレビドラマ「氷点」で、人間の奥深い愛憎を見せたかと思えば、「細うで繁盛記」では、どんな難局にも根をあげない芯の強い浪花女を演じてみせた。
大河ドラマ「新・平家物語」での、貧乏暮らしに嫌気がさし家を飛び出す平清盛の身勝手な母祇園女御も、美しかった。どんな役柄を与えられても、その役に「おんな」の部分を投影させて魅せる、そこに新珠三千代という女優の資質のようなものが見て取れる。
写真家・早田雄二氏もまた、新珠三千代の「おんなの肖像」を見事に切り取って見せた。
いきなり「顔が好き」なんて言ってしまっては身も蓋もないのだが、彼女の顔は、本当に特別だと思うのだ。
一度見たら忘れられない顔だ。卵のような美しい輪郭に、つんとしたあご。印象的な瞳に、綺麗な弧を描いた眉、小さく可憐な鼻、あどけなさを湛えた唇の形。額の形や、ふくよかな頬や、首筋のラインまで、そのパーツひとつひとつすべてが完璧な美しさで、それが見事に調和している。
美しいというのは、こういうことを言うのだろうと思う。
それは、純和風の美しさのようでもあるし、同時に日本人離れした美しさでもある気もして、不思議で目が離せなくなる。着物とブラウスのどちらを着ても、いつもその姿でいるように馴染んでいて、やはり完璧である。
とにかく、ずっと見ていたくなる。じいっと、いつまでも見入ってしまう。
それだけの美貌を持ちながら、「美人」という役柄だけに収まったりしなかったのが、新珠三千代の素晴らしさだと思う。
女優は大抵、得意とする役柄があるものだが(そして、日本においては、なぜか役の幅が狭い方がスターという扱いを受けるものだが)、彼女は、「清純派」でも「妖艶系」でも「庶民派」でもなく、そのすべてを見事にこなしてまう圧倒的な演技力を持っていた。
一般的に新珠三千代の代表作というと、日活時代の『洲崎パラダイス 赤信号』や、東宝に移籍しての『人間の條件』や社長シリーズ、テレビでは「氷点」や「細うで繁盛記」あたりだろうか。
それだけ見ても多彩な役を演じられることは明白だが、なかでも、川島雄三監督『洲崎パラダイス 赤信号』での演技は本当にすごいと思う。
初めて会った客に躊躇もなく抱きついて、その腕を抱え込み、色っぽい話題に嬌声をあげながら背中を叩く、男の歓心を買う術が身体に染み込んだような媚態が見事だ。煙草の吸い方ひとつ、コップの持ち方ひとつ、カウンターへ肘をつく仕草、どんぶりへの箸の置き方ひとつで、「そういう女」だというリアリティを表現している。逞しさ、したたかさと共にある寂寥感。下品の中にある品。そんな複雑な人間像を、全身から醸しだしている。何度見ても、シャープで的確なすべての瞬間に惚れ惚れしてしまう。
十三歳で宝塚音楽学校に入学し、いわば箱入りの育ち方をしていそうな彼女に、どうしてそんな徹底したリアリティの演技ができたのか。これは、努力だけでは計れない、天の才があるとしか思えない。
我が師、岡本喜八監督の作品に数多く出演しているのも、また、彼女を好きな理由の一つだ。
『結婚のすべて』の清楚で貞淑な妻、『大菩薩峠』の堕ちていく女、『日本のいちばん長い日』の短いけれど凛とした女中頭役、そのすべてがやはりまったく違う印象で、見事だ。特に、『侍』での二役を見ると、その見事さがよく分かる。酸いも甘いも噛み分ける女将と、純真無垢な菊姫との二役は、表情の作り方ひとつまで演じ分けていて、確かに同じ顔なのに完全に別の人間である説得力があって、まるでそれぞれを双子が演じているかのような気持になる。
岡本喜八作品の中では、『江分利満氏の優雅な生活』の、明るく健康的な庶民の奥さん役が一番好きだ。十円を拾った東野英治郎にニコニコと手を突き出す無邪気な仕草は、見ているこちらまで微笑ませる。こんなにあどけなく、「普通な奥さん」がいたら、人生がどんなであっても幸せに違いないだろうと思わせる。
彼女が演じてきた役は、どれも間違いなく新珠三千代でありながら、どれもまったく違う女性である。そんな女優が他にいるだろうか。
完璧な美貌と圧倒的な演技力の両方を兼ね備えたという意味で、僕は、新珠三千代を、日本のオードリー・ヘプバーンだと思うのだ。
演じてきた役は、どれも間違いなく新珠三千代でありながら、どれもまったく違う女性である。
あらたま みちよ
女優。1930年奈良市生まれ。13歳で宝塚音楽学校に転学、終戦を待ち宝塚歌劇団に入団、可憐な美貌と歌唱力でトップ娘役として活躍。在団時の51年に『袴だれ保輔』で映画デビュー。55年に宝塚を退団し日活に入社し看板スターとなる。57年に東宝に移籍し、数々の名作に出演した。59年の松竹映画『人間の條件』に他社出演し、キネマ旬報主演女優賞(『私は貝になりたい』『千代田城炎上』とあわせて)、ブルーリボン助演女優賞(『私は貝になりたい』とあわせて)を受賞。61年には『小早川家の秋』『南の風と波』で毎日映画コンクール助演女優賞に輝いた。また、66年の主演テレビドラマ「氷点」は最終回の視聴率が42%突破という大ヒット作となり、70年の「細うで繁盛記」も40%を超える視聴率を獲得、テレビでの代表作となった。芸術座、帝国劇場などの舞台でも活躍し、『細雪』『真夜中の招待状』で90年度菊田一夫演劇賞を受賞。その他の出演作に映画『こころ』『洲崎パラダイス 赤信号』『女殺し油地獄』『鰯雲』『炎上』『丼池』『濹東綺譚』『憂愁平野』『社長シリーズ』『江分利満氏の優雅な生活』『怪談』『女の中にいる他人』『男はつらいよ フーテンの寅』『人間革命』、テレビドラマ「天と地と」「新・平家物語」「風と雲と虹と」「華岡青洲の妻」「虹を織る」「平岩弓枝ドラマシリーズ」など。01年3月17日死去。享年71。
りじゅう ごう
俳優、映画監督。1962年横浜市生まれ。自主映画を経て、81年に『近頃なぜかチャールストン』のプロットを岡本喜八監督に持ち込み、喜八プロ作品として映画化され、主演、共同脚本、助監督を務める。映画監督としては96年『BeRLiN』で日本映画監督協会新人賞を受賞、01年の『クロエ』はベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品された。81年に「父母の誤算」でテレビドラマデビュー。俳優としては映画『ジャズ大名』『私立探偵 濱マイク』『EUREKA』『蝉しぐれ』『ICHI』『チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像』『ホットロード』『この国の空』『罪の余罪』、テレビドラマ「親と子の誤算」「青が散る」、NHK大河ドラマ「徳川家康」「風林火山」「龍馬伝」、「無邪気な関係」「3年B組金八先生(第6シリーズ)」「ATARU」「奇跡の動物園~旭山動物園物語~」シリーズ、「坂の上の雲」「半沢直樹」「クロコーチ」など多数の出演作がある。最新作はNHKドラマ経世済民の男 第三部「鬼と呼ばれた男~松永安左ェ門」。