対 談=片岡 真実×萩原 朔美
東京六本木の森美術館では、『アナザーエナジー展:挑戦しつづける力-世界の女性アーティスト16人』が開催されている。昨年館長に就任した片岡真実さんは、近年、長い創作活動をしている女性アーティストが再評価されている国際的な潮流から、ジェンダーおよびエイジングの視点を入り口に企画したという。一方、自らアートの世界に戻ると宣言した萩原朔美さんは、年齢を超えて女性アーティストたちのエネルギーに圧倒されたといい、お二人が感応した「アナザーエナジー」とは何なのか、じっくり語り合っていただいた。
「アナザーエナジー展」はこうして生まれた
─── まさに世界の女性アーティスト展という趣ですが、出品中の16人は72歳から106歳という年齢層で現代アートの世界で50年以上のキャリアがあり現在も現役で創作活動をつづけています。出身地も世界14カ国におよんでいて活動拠点も違う。それが一堂に会するとは、大変興味深い展覧会です。
片 岡 現代アート界はこれまで常に新しい動向やスターを探してきたのですが、ここ10年ほど、キャリアの長い女性アーティストを再評価する動きが欧米で顕著になってきています。そういう潮流のなかで、共同キュレーターのマーティン・ゲルマンと、「世界にはカッコいい高齢の女性アーティストがいるよね」という話題で盛り上がり、名前を挙げていくうちにそのリストはどんどん膨らみました。次第にそんな彼女たちを一堂に集めてみたい、という思いが募り、本展を企画することになりました。一人ひとりに十分なスペースを確保すること、表現方法に多様性があること、地域のバランスも考慮した結果、14カ国、16人のアーティストに絞られました。これまで、女性アーティストの展覧会は女性キュレーターが企画することが多く、その努力と蓄積が今日に至っていますが、今回はドイツ人の男性キュレーターとの共同企画のかたちをとり、非当事者の視点を入れることができたことは意義深いことでした。
萩 原 アナザーエナジー展を見ながら、僕は1946年生まれで今年75歳になるんですが、アーティストは同世代の女性たちでしょ。(写真などをみると)ずっと年上で、おばあさんに見えたけれど(笑)。 コンセプチュアルアートだとかミニマルアートなどの影響を受けていて、いつも「アートとは」ということを考えている人たちもいれば、草間彌生さんのように一点突破してしまった感じの両タイプがいるように思う。アートというのは、表現ではなくていわば生き方のことだから、どんなスタイルでもいい、そんな自由さが感じられるのではないかと思いました。
片 岡 確かにジェンダーを入り口にしているので、おばあさんの現代アート展というイメージをされていらっしゃる方も多いと思います。それを逆手に取って、見終わったときに、年齢、ジェンダーなど、アイデンティティの枠組みがひっくり返るような体験になることを狙っています。
萩 原 最後のコーナーの三島喜代美さんもすごいですね。創作に対する貪欲さが一貫している。羨ましいです。
片 岡 三島さんも1932年生まれ。でも次の作品のアイディアが常に頭にあり、人生を閉じていくなんて全くない。5月30日に106歳になったカルメン・ヘレラは、101歳のときにニューヨークのホイットニー美術館で回顧展が開かれたのですが、「バスは待っていればやがて来るでしょ、私は1世紀近くも待ってしまったんですよ」と。今回の16人のほとんどは世界の著名な美術館で大規模な個展が開催されています。彼女たちを見直す動きが本当に来ています。
萩 原 自分の略歴をまとめようとするタイプのアーティストっていますよね(笑)。しかし彼女たちは経歴なんかどうでもよくって、元気なんだよね。もう次のことやろうとしている。反省しています(笑)。
片 岡 自分が何年に生まれたかはわかっているけれど、自分が何歳だかわからない、歳なんて関係ないと。
萩 原 年齢に縛られないって、いいですね。
片 岡 1946年生まれの韓国人アーティストのキム・スンギなども、最初に声をかけたときは、「森美術館でできるのだったら是非是非」と前向きだったのに、しばらくして「この展覧会には出せないわ」って言い出したんです。理由を聞いてみると、「だってみんな、おばあさんばかりじゃない」と。歳を取ってるなんて思ってない。
萩 原 歳を重ねるのではなく、若さを重ねているっていう感じですね。そのところが羨ましい。女優さんをみてもアーティストをみてもそう感じる。ところが、男性は自分の経歴書のためにやるようなところがあって、ちょっとセコいんだ(笑)。
─── 作品はすぐに(売れて)右から左へ動いていくものではないと思いますが、創作活動をつづけてこられた経済的なバックボーンはどうなっているのですか。
片 岡 今回の16人は、この10年くらいで世界的なアートの表舞台で急激に評価を高めている人たちです。とはいえ、今になって急に元気になったのではなく、50年を超えるキャリアの中で、「自分はやることをやるだけよ」というスタンスを貫き、ずっと自分の信じる道を歩んできた人たちです。もともと裕福な家庭の人もいれば、詩人として活動していたり、教職についていた人もいます。別に経済的な支えがあった人もいるかもしれません。でも周りの理解があったと思います。
萩 原 そういえばアーティストの菅 木志雄さんの作品を、栃木県の那須塩原の大黒屋という旅館のオーナーが買って「倉庫美術館」と命名しました。菅さんも現代アートを代表する作家で、50年来のキャリアがあります。
片 岡 「もの派」と言われる菅さんや李禹煥(リ・ウファン)さんは今もアクティブに作品を創っていらっしゃいます。古いものが新しい、という大どんでん返しが起こっている。おもしろい時代になったと思います。逆に今の時代の美大生はこれからどうするかということが問われますね。ビデオアートでもスマホで写真を撮って編集できる時代になりましたから。実際、様々な表現メディアに簡単にアクセスできるようになったことで、その源流に関心を向ける人も増えています。霧の彫刻で知られる中谷芙二子さんもますます精力的に制作されていますが、彼女がビデオギャラリーSCANで紹介していたような初期のビデオアート作品には興味深い工夫が見られますよね。レコード盤が復活しているような感じに似ています。
萩 原 森美術館では、中谷芙二子さんに声をかけられて、「MAMリサーチ004:ビデオひろば」(2016年)で僕の作品も展示してもらいました。
片 岡 中谷さんとは先日、お会いしたばかりなんですよ。相変わらずお元気で、来年2月にはミュンヘンで大型の個展があると。中谷さんも再評価されているアーティストのお一人ですね。