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現代アートの“アナザーエナジー”を感応する─世界の女性アーティスト16人のメッセージ─            


 森美術館のSoul(魂)とDNA

─── コロナ禍に開催し中断を余儀なくされて、美術館の運営もかつてない経験をされていますね。

片 岡 4月22日に「アナザーエナジー展」を開幕して、3日後に緊急事態宣言の発出があり、出端をくじかれてしまいました。コロナによって世界が変わってしまいましたから、アーティストたちに作品の変更を問いましたが、「コロナなんて関係ないです。全然変わらなくてそのままでいいです」と、皆さんびくともしない。逆に救われました。キム・スンギだけが、より大きな森羅万象を作品にしたいということで、コロナ禍での思索を新作《森林詩》に反映してくれました。もっと海外の人にも見てもらいたいので、会期の延長も検討しています。

萩 原 もし前橋で、この展覧会をやっても人は入らないでしょう。これは六本木だからできることでしょう。地方都市では難しいなと。

片 岡 アーツ前橋も頑張っていらっしゃいました。

萩 原 「前橋のまちを活性化したい」と、創業300年の白井屋旅館のあとに、アート、建築、デザイン、食など様々なアートデスティネーションとして白井屋ホテルをつくって、少し尖がった仲間がやっていますが、町の周りの人が持ち上げていないので、難しいんです。前衛的なことをやってもそれについてくるという状態は地方都市にはまだない。前橋文学館は公立の文学館で、学芸員の任期制と事務方の数年ごとの異動などが問題です。意思の疎通にも課題がある。

片 岡 私は若い頃、学芸員と管理部の対立はどこでもあると聞いていましたので、その構造はつくりたくないと考えていました。東京オペラシティ・アートギャラリーを立ち上げた時も、民間が出資して数字を優先する考えの価値観とアートがどう共存するか議論しました。アートが前提ではなく話を進める人を理解し、融合させるプロセスがとてもエキサイティングです。今も毎回企画のたびに管理部門に説明しますが、「わからないよ、これ」と言われながら、でもそれがバロメーターになっています。異なる意見の人とどう繋がっていけるか考えるようにしています。

─── 2003年に六本木ヒルズ森タワーの最上層に美術館が出来たとき、なぜ現代アートなのか、と問いかけたことがありました。今になってみると、現代アート以外は考えられないように思います。

萩 原 森美術館は、確かに現代アートの美術館として定着していますね。

かたおか まみ
愛知県生まれ。ニッセイ基礎研究所都市開発部研究員、東京オペラシティ・アートギャラリーのチーフ・キュレーターを経て、2003年から森美術館へ。2020年より現職。「会田誠展:天才でごめんなさい」、「塩田千春展:魂がふるえる」ほか多くの企画に携わる。第9回光州ビエンナーレ(2012年)共同芸術監督、第21回シドニー・ビエンナーレ(2018年)芸術監督。CIMAM(国際美術館会議)会長、国際芸術祭「あいち2022」芸術監督。

片 岡 世界の動向を反映したものを日本で投影して牽引して行きたいという気持ちがありますが、そんなに簡単なことではありません。六本木でもやればついてくるというものではありません。しかし、文学者になりたかった森美術館創設者の森稔は、クリエイティブなマインドを持っていてル・コルビュジエの絵画の主要コレクターでもあります。クリエイティビティに深いリスペクトがあり、六本木を「文化都心」にしたい、その象徴としてここは現代美術でないといけない、新しいアイディアが常に生まれてくるような場でなければいけないという、かなり強い意思があったと思います。
 現代アートで、既存の意識の転換をするような、見たら目から鱗が落ちるような、ああ、そうだったのか、というような感覚でしょうか。全く新しいことを学べる場ということでもあります。

萩 原 既存の価値の展示ではなくて、生き方にかかわることの方が良いと思いますね。未来は懐かしい、過去は新しいということを思います。トランスナショナル、トランスジェンダーなど、あらゆる状況が大転換の時期だと思います。

片 岡 同じことをやっていても時代によって評価が違う。今出展しているアーティストの多くは、4歳とか10歳とか小さいころからアーティストになることを決めていたと言っています。その一大決心は、一貫している。スザンヌ・レイシーに老いることをどう思うか聞いたところ、「It‘s still me!」身体機能は老いても魂は何ら変わらない。身体やアイデンティティで判断するのではなく、それぞれのSoulはどこにあるかを対話していくことが必要なのだと。ダイバーシティにしても、ジェンダーにしても、人間はSoulの対話であるなら、それ以外は関係ないのだと。

スザンヌ・レイシー 《玄関と通りのあいだ》 2013/2021年 3チャンネル・ビデオ、デジタルプリント
20分2秒(ビデオ) 本作はクリエイティブ・タイム(ニューヨーク)、ブルックリン美術館エリザベス・A・サックラー・センター・フォー・フェミニスト・ アートの協賛によって2013年に制作された。撮影:古川裕也
 
スザンヌ・レイシーは、1970年代から作品を通じてジェンダーや人種差別、老化、暴力などの社会問題に向き合ってきた。パフォーマンス作品《玄関と通りのあいだ》は、ニューヨーク市ブルックリンの住宅街の一角で、365人の活動家が人種や民族、階級やフェミニズムなどについて話し合い、約2,500人の聴衆が往き来しながら傍聴した。その記録映像を3面プロジェクションで展示。1945年カルフォルニア州ワスコ生まれ、ロサンゼルス在住。
 

萩 原 詩人の田村隆一は、60代で母親を亡くし、はじめて大人になれるかもしれないと言ったのです。小林秀雄も60歳の時に、そろそろ青春も終わりかもしれないと言ったのですが、その時は何言っているんだと思いましたが、確かにあり得るなと。

片 岡 若いころ、大人は全部知っていると思っていましたが、自分が年を重ねながら、大人は何かを知っているわけではない、毎日が勉強だと思っています。

─── 16人のアーティストの自分がやるべきことを続ける、という強い意志に触れながら、その挑戦しつづけるエネルギーの源はどこにあるのか、世界の困難と大転換に遭遇している今こそ、「アナザーエナジー」に感応したいと思います。ありがとうございました。


〈対談を終えて〉
片岡真実さんと萩原朔美さんの対談をお聞きして、16人のアーティストにもう一度会いに行きたくなった。別世界にいるようなアーティストが、身近なとても愛すべき先輩に思えてきたからだ。もし作品のキャプションに年齢の表記がなければ、高齢の女性が制作したとは思えないほど、16人の作品は独創性と、エネルギーに満ち溢れているのだ。作品の隣には、アーティスト自身の映像がモニターで映し出されている。彼女たちの発せられる生の声は前向きで、常に挑戦する姿がリアルなのだ。鑑賞を終えてエレベーターで一緒になった若いカップルに感想を聞いた。「凄いですね、面白かった。創作する人は老いないのでしょうか」と笑顔で答えてくれた。同志を得たような気分だ。「現代アートはわかりにくい」と言う人もいるかもしれないが、まずはそんな先入観念を払拭し、「アナザーエナジー」の世界に飛び込んでみよう。知らなかった世界の面白さに引き込まれることだろう。(編集部K.S)


『アナザーエナジー展:挑戦しつづける力─世界の女性アーティスト16人』
会期開催中~9月26日(日)
会場森美術館 (六本木ヒルズ森タワー53階)
開館時間10:00~20:00(火曜日のみ17:00)
*当面、上記のとおり時間を短縮して営業。最新情報はウェブサイトにてご確認ください。
*入館は閉館時間緒30分前まで 会期中無休
入館料
平日 一般2,000円[1,800円]、シニア(65歳以上)1,700円[1,500円]ほか
土・日・休日 一般2,200円[2,000円]、シニア(65歳以上)1,900円[1,700円]ほか
*事前予約制(日時指定券)を導入、専用オンラインサイトから「日時指定券」の購入・予約が可能です。
*専用オンラインサイトでチケットを購入すると[ ]の料金が適用されます。
*表示料金は消費税込。
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
森美術館ウェブサイトwww.mori.art.museum

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