日本の昭和20、30年代は、下駄履きで行けるような庶民的な映画館がたくさんあり映画は娯楽の中心だった。本年公開されたチャン・イーモー監督の『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』は、1960年代の中国でも小さい映画館は観客であふれ、食い入るように映画を見つめる人々の顔が印象的だった。インドもしかり。映画に夢中になって、輝く目をした子供たちがいた。
今や国際的な映画監督として活躍するインド共和国・グジャラート出身のパン・ナリン監督の幼少期の体験や記憶が詰まった自伝的映画『エンドロールのつづき』も、幼少期、映画と出合い映画の虜になった少年が主人公だ。3000人の子供のオーディションで選ばれた少年、バヴィン・ラバリは、監督の故郷、グジャラート州の片田舎の出身である。映画初出演とは思えない豊かな表情で、映画への憧れや仲間との絆、家族愛を見事に演じている。
インドはカースト制度により教育の機会や職業が制限されていた。インドの脚本家や映画監督のほとんどは文化的にも経済的にも恵まれた家庭環境に育ち、幼少期から映画に接する機会も多かったが、パン・ナリン監督は、そうではなかった。父はチャイ(お茶)売りで生計を立て、それを手伝う少年だった。8歳のとき初めて映画館に行き、世界が一変する。目に飛び込んだのは後方からスクリーンへと伸びる一筋の光。そこには、少年が初めてみる世界が広がっていた。映画にすっかり魅せられた少年は、学校を抜け出しギャラクシー座に忍び込むが、チケット代が払えずにつまみ出されてしまう。それをみた映写技師が、料理好きな母の作る弁当と引き換えに、映写室から映画を見せてくれるという提案をする。映写窓から観る色とりどりの映画の数々に圧倒された少年は、いつしか「映画をつくりたい」と夢を抱き始める。
映画館が隆盛だった時代から、映画は「コンテンツ」と呼ばれる時代になってしまった。パン・ナリン監督は、「映画の学校で脚本家や映画監督を育てれば育てるほど、世界はつくりものの感動や不誠実な方法で感情を操るペテン師であふれていくようになっている」と、現代の映画界に警鐘を鳴らす。「今、世界はこれまでにない恐ろしい時代を体験しているが、この映画で希望とワクワクするような新鮮な気持ちを分かち合いたい。光を持ち帰って欲しい」と訴える。
ラストシーンでは、「道を照らしてくれた人々に感謝を込めて─パン・ナリン」と、インドの映画人をはじめ、世界中の映画人の名前が登場する。日本人監督の名は、勅使河原宏、小津安二郎、黒澤明。いずれもパン・ナリン監督のリスペクトする先達たちであろう。
素朴で、時代を問わず人間の本来の生き方を思い出させてくれるような作品である。世界中の映画祭で5つの観客賞を受賞した『エンドロールのつづき』は、2023年1月20日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・ループル池袋ほか全国公開。配給:松竹 ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP