22.12.08 update

映画が憧れだった時代のオマージュ、インド映画『エンドロールのつづき』は世界の映画祭で観客賞を受賞した感動作

 日本の昭和20、30年代は、下駄履きで行けるような庶民的な映画館がたくさんあり映画は娯楽の中心だった。本年公開されたチャン・イーモー監督の『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』は、1960年代の中国でも小さい映画館は観客であふれ、食い入るように映画を見つめる人々の顔が印象的だった。インドもしかり。映画に夢中になって、輝く目をした子供たちがいた。

 今や国際的な映画監督として活躍するインド共和国・グジャラート出身のパン・ナリン監督の幼少期の体験や記憶が詰まった自伝的映画『エンドロールのつづき』も、幼少期、映画と出合い映画の虜になった少年が主人公だ。3000人の子供のオーディションで選ばれた少年、バヴィン・ラバリは、監督の故郷、グジャラート州の片田舎の出身である。映画初出演とは思えない豊かな表情で、映画への憧れや仲間との絆、家族愛を見事に演じている。

 インドはカースト制度により教育の機会や職業が制限されていた。インドの脚本家や映画監督のほとんどは文化的にも経済的にも恵まれた家庭環境に育ち、幼少期から映画に接する機会も多かったが、パン・ナリン監督は、そうではなかった。父はチャイ(お茶)売りで生計を立て、それを手伝う少年だった。8歳のとき初めて映画館に行き、世界が一変する。目に飛び込んだのは後方からスクリーンへと伸びる一筋の光。そこには、少年が初めてみる世界が広がっていた。映画にすっかり魅せられた少年は、学校を抜け出しギャラクシー座に忍び込むが、チケット代が払えずにつまみ出されてしまう。それをみた映写技師が、料理好きな母の作る弁当と引き換えに、映写室から映画を見せてくれるという提案をする。映写窓から観る色とりどりの映画の数々に圧倒された少年は、いつしか「映画をつくりたい」と夢を抱き始める。

 映画館が隆盛だった時代から、映画は「コンテンツ」と呼ばれる時代になってしまった。パン・ナリン監督は、「映画の学校で脚本家や映画監督を育てれば育てるほど、世界はつくりものの感動や不誠実な方法で感情を操るペテン師であふれていくようになっている」と、現代の映画界に警鐘を鳴らす。「今、世界はこれまでにない恐ろしい時代を体験しているが、この映画で希望とワクワクするような新鮮な気持ちを分かち合いたい。光を持ち帰って欲しい」と訴える。

 ラストシーンでは、「道を照らしてくれた人々に感謝を込めて─パン・ナリン」と、インドの映画人をはじめ、世界中の映画人の名前が登場する。日本人監督の名は、勅使河原宏、小津安二郎、黒澤明。いずれもパン・ナリン監督のリスペクトする先達たちであろう。

 素朴で、時代を問わず人間の本来の生き方を思い出させてくれるような作品である。世界中の映画祭で5つの観客賞を受賞した『エンドロールのつづき』は、2023年1月20日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・ループル池袋ほか全国公開。配給:松竹 ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP

映画は死なず

新着記事

  • 2024.12.26
    〝映像だからこそ叶ったアングルが魅せる〟と石丸幹二...

    ウィーン・フィルの「第九」

  • 2024.12.26
    主演・菅田将暉&井上真央『サンセット・サンライズ』...

    1月17日(金)全国公開

  • 2024.12.26
    中山美穂が横浜ビルボードのライブコンサートで最後に...

    中山美穂「You’re My Only Shinin’ Star」

  • 2024.12.25
    第6回【東宝映画スタア☆パレード】植木 等 ─ も...

    文=高田雅彦

  • 2024.12.25
    【帯津良一・88歳のときめき健康法】アロマテラピー...

    文=帯津良一

  • 2024.12.24
    第20回【私を映画に連れてって!】中山美穂は『Lo...

    文=河井真也

  • 2024.12.23
    松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若...

    〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

  • 2024.12.19
    NHK紅白歌合戦の変遷をたどってみたら、東京宝塚劇...

    石橋正次「夜明けの停車場」

  • 2024.12.18
    坂本龍一が生前、東京都現代美術館のために遺した展覧...

    音と時間をテーマにした展覧会

  • 2024.12.18
    新しい年の幕開けに「おめでたい」をモチーフにした作...

    年明けに縁起物の美を堪能する

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!