平田昭彦は『ゴジラ』(54)の芹沢博士役で、特撮マニアに崇め奉られる存在となった俳優である。兄の小野田嘉幹が助監督をする新東宝でアルバイトをした経験が忘れられなかったか、東京大学法学部を卒業後、貿易会社で仕事をしていたにもかかわらず俳優になったという変わり種。東宝では「学士俳優第一号」の中村彰に次ぐ東大卒俳優だった。
ちなみに怪優・天本英世は東大中退、東宝ではないが山村聰(文)、神田隆(文)、渡辺文雄(経)などが東大出として知られる。
『ゴジラ』の本多猪四郎監督が創り出した特撮作品『空の大怪獣ラドン』(56)、『地球防衛軍』(57)、『キングコング対ゴジラ』(62)などでは、その出自や理知的な風貌から博士や学者役が振り当てられた平田。しかし、筆者には〝暗黒街〟ものなどで演じたにニヒルな殺し屋の印象が圧倒的に強い。実際、平田の全出演作品中、特撮・怪獣ものの割合は二割ほどに過ぎない。
痛快無比の岡本喜八作『暗黒街の対決』、鈴木英夫のノワール『非情都市』、三船と池部良の競演作『男対男』(以上60)、福田純によるアクション『情無用の罠』、大藪春彦原作の『顔役暁に死す』、夏木陽介主演の宝塚活劇『断崖の決闘』等々、『暗黒街の弾痕』(捜査主任役/以上61)などのわずかな例外を除き、平田が演じたのはどれもこれも〈悪人〉役ばかり。本多作品ですら、『海底軍艦』(63)ではムウ帝国の工作員役を振られたほどだ。
逆に言えば、『大番』シリース(57)で演じた原節子の夫=伯爵役や『電送人間』(60)での警部役などはサッパリ印象に残らず、子供時代の筆者には「平田昭彦は悪い人」というイメージしかなかった。
そんな平田が、一度だけ出演した黒澤映画が『椿三十郎』(62)である。
黒澤明という監督は、ある特定の俳優に照準を定めて、徹底的にしごく(周りの取り方によってはイジメる)演出手法をとることで知られる。それは例えば、『七人の侍』(54)の稲葉義男だったり、『天国と地獄』(63)の石山健次郎だったりする。『影武者』(80)で萩原健一や大滝秀治が、しばしば強烈な雷を落とされた話もよく聞くところだ。
この黒澤時代劇で平田は、三船=三十郎が見るに見かねて手助けする若侍のリーダー格に扮している。しかし、よく眺めれば、平田一人だけ浮いているような気がしないだろうか。
実は、この役には当初、佐原健二が予定されていたという。佐原は黒澤と親しい本多猪四郎監督の秘蔵っ子である。ところが、そのとき佐原が出演していた『南の島に雪が降る』(61)の撮影が延びに延び、黒澤は使うのを楽しみにしていた佐原の配役を断念。代わりにキャスティングされたのが平田昭彦だったのだ。
ある日、平田は黒澤と親しい土屋嘉男(やはり若侍の一人)から、夕食の誘いを受ける。黒澤が親しい役者やスタッフと夕食を共にするのは日常茶飯事。ところが、元々平田を「虫が好かない」黒澤は、助監督に命じて〝闖入者〟である平田を食事会場から締め出すという挙に出る。これには、さすがの土屋も「黒澤を恨んだ」(土屋嘉男著『クロサワさ~ん! 黒澤明との素晴らしき日々』新潮文庫)と語っているが、当の平田の胸中は果たしていかばかりであったか(※4)。
平田が妻の久我美子に「今日も監督に絞られちゃったよ」と愚痴をこぼしていた様子は当時の婦人雑誌にも載っており、平田が黒澤の標的にされていたことは間違いない。
後年、平田は佐原健二対し「やっぱり僕は、科学者とかそういう役回りが一番似合っているのかなぁ」と自らのキャリアを振り返るとともに、「万城目淳の役が欲しかったんだよね」と本音も漏らしたという(佐原健二著『素晴らしき特撮人生』小学館※5)。
「ウルトラマン」では科学者・岩本博士に扮し、遺作の『さよならジュピター』(84)でも小松左京の熱いリクエストに応え天文学者を演じた平田。たとえ本人が過去の役に満足していなかろうと、クールでスマートな悪役をさらりとこなす平田昭彦は、東宝には欠くべからざる俳優であった(※6)。
※1 東宝の俳優同士で結婚した例は、児玉清と北川町子、Bホーム(いわゆる大部屋)の岡豊と記平佳枝など、極めて少数。
※2 久我自身が選ぶベスト3は『また逢う日まで』『白痴』『挽歌』の三作。
※3 54年に久我が組んだ監督は、木下の他、溝口健二、千葉泰樹、市川崑、小林正樹など錚々たる顔ぶれ。
※4 土屋嘉男は自著で、他にも「Y」が黒澤に無視されていたと明かしている。
※5 本多猪四郎監督は佐原を〈陽〉、平田を〈陰〉と種別し、陽の佐原を「ウルトラQ」の主役・万城目淳に配した。
※6 成瀬作品にも縁がなかった平田だが、クレージー時代劇での〈大政〉役は意外にもお似合いだった。

高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。