25.07.30 update

第13回『東宝映画スタア☆パレード』島崎雪子&上原美佐 黒澤映画で輝きをみせた名ヒロイン二人

今でもスタジオ入口に『七人の侍』と『ゴジラ』の壁画を掲げる東宝。〝明るく楽しいみんなの東宝〟を標榜し、都会的で洗練されたカラーを持つこの映画会社は、プロデューサー・システムによる映画作りを行っていた。スター・システムを採る他社は多くの人気俳優を抱えていたが、東宝にもそれに劣らぬ、個性豊かな役者たちが揃っていた。これにより東宝は、サラリーマン喜劇、文芸作品から時代劇、アクション、戦争もの、怪獣・特撮もの、青春映画に至る様々なジャンルに対応できたのだ。本連載では新たな視点から、東宝のスクリーンを彩ったスタアたちの魅力に迫る。


 「黒澤明は女性を描くのが苦手」とは、よく語られるフレーズである。
 確かに女性が主人公となる作品はそれほど多くなく、戦時非常態勢の下、レンズ工場で勤労する女子挺身隊の日常を捉えた『一番美しく』(44)と、やはり戦時下で左翼主義の夫が獄中死し、残された妻(原節子)がその実家で逞しく生きていく姿を描く『わが青春に悔いなし』(46)、あとは晩年の『八月の狂詩曲』(91)くらいしかない。


 しかし、男性の主人公に大きな影響を及ぼすヒロインが登場するものには、夫と盗賊を惑わす強かな妻(京マチ子)が登場する『羅生門』(50/大映)、原節子が男たちを翻弄する傲慢な女性に扮した『白痴』(51/松竹)、さらには、夫たる戦国武将に主君や友への謀反・殺害をそそのかす悪妻(山田五十鈴)が強烈な印象を残す『蜘蛛巣城』(57)などがあることから、あながち「黒澤が女を描くのが下手」とは言えないように思う。


 香川京子も『悪い奴ほどよく眠る』(60)と『天国と地獄』(63)で、三船敏郎の夫の運命を大きく左右する妻に扮したほか、『赤ひげ』(65)では男を〝喰い殺す〟狂女まで演じている。香川は、黒澤が「僕は女性のあれはよく分からないから」などと言って、あまり明確な指示を出さなかったと証言しているが、「女の人はあまり表面には出ないけれど、位置としては重要な役割を占めている場合が多い」とも語っており、女優として難しいことを要求されたという意識が強いようだ。


 『酔いどれ天使』(48)で結核を克服する少女の久我美子が、いかに強い(そして爽やかな)印象を残したか――。『野良犬』(49/新東宝)で新米刑事の三船敏郎に的確なヒントを与えるスリ常習犯・岸輝子の存在感の大きさや、『醜聞(スキャンダル)』(50/松竹)で脇役(蛭田弁護士の娘:彼女も結核に侵されている)でありながら物語の展開を劇的に変える桂木洋子の無垢な魂、さらには、『椿三十郎』(62)で拉致された城代家老の奥方(入江たか子)が三十郎に与える示唆の奥深さなどを見れば、黒澤が〈女性が映画に与える影響力〉を解っていることは明らか。

 『生きる』(52)でも、玩具工場で働く意義や喜びを説く小田切とよ(小田切みき)がいなかったら、渡辺勘治は自らの目標を見出せなかったに違いなく、黒澤が女性を描くことが苦手などとはとても言えそうもない。

 男たちが前面に出る『七人の侍』(54)にあって、彼ら以上に深い印象を残したのはヒロインたる津島恵子(百姓・万造の娘)と、利吉(土屋義男)の女房を演じた島崎雪子である。
 実はこのお二人、1953年に雑誌『近代映画』が実施した「スタア人気投票」で、津島が一位、島崎が六位にランクインするという輝かしい実績をもっていた(※1)。
 したがって、この黒澤時代劇は当代の人気女優を、満を持して迎えた作品であり、実際二人はフィルムでも三船、志村に次ぐ三番目、四番目にクレジットされている。勝四郎(木村功)と恋仲になるという重要な役どころの津島恵子はともかく、たったワンシーンのみの出演にもかかわらず、こうした厚遇を受けた島崎の人気のほどが窺える。

▲野武士の山塞で悲壮な最期を遂げる『七人の侍』の島崎雪子 イラスト:Produce any Colour TaIZ/岡本和泉




1 2 3

新着記事

  • 2025.12.04
    日本男子バレーのスタープレーヤー、石川祐希選手の活...

    石川祐希選手の睡眠の秘密

  • 2025.12.04
    森美術館が凄いことになっている!現代アートの21組...

    12月3日~3月29日

  • 2025.12.02
    一見の価値あり、スイス人写真家が撮った占領下の日本...

    12月5日~3月3日

  • 2025.12.01
    【コモレバWEBマガジン・読者参加イベント】『私を...

    2026年1月23日(金)

  • 2025.12.01
    第38回【キジュを超えて】今、会いたい人─萩原 朔...

    文=萩原朔美

  • 2025.11.28
    今年の冬の思い出づくりは「箱根で過ごす」、いつもよ...

    冬の箱根のお楽しみ

  • 2025.11.28
    世界の玄関というべき「成田空港の京成」と「羽田空港...

    12月1日~3月1日

  • 2025.11.28
    第17回『東宝映画スタア☆パレード』岡田茉莉子&有...

    文=高田雅彦

  • 2025.11.27
    岩下志麻、周防正行、草刈民代、是枝裕和ら豪華ゲスト...

    12月14日、15日

  • 2025.11.27
    第67回【萩原朔美 スマホ散歩】 孤影悄然として佇...

    取り残された自販機

映画は死なず

特集 special feature  »

<特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三屋清左衛門残日録」~時代劇にはまだまだ未来がある~

特集 <特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が...

藤沢周平原作時代劇「三屋清左衛門残目録」の章

松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松宗雄が語る誕生秘話〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

特集 松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松...

〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!