本シリーズでは毎回ディズニー・ソングの「ビビディ・バビディ・ブー」が歌唱されるが、シリーズ三作目にして初の総天然色(カラー)作品となる『サザエさんの青春』(57年)で、サザエは初めてこの歌を黄金色に輝くいちょうの樹々の下で歌う。並木道の途中に位置する、特徴ある旧丹下健三邸や日本民俗学の始祖・柳田國男の住居の様子がカラー映像で見られる点でも、本作の意義はとてつもなく大きい。
当シリーズでは、エプロンおばさん(三益愛子)との共演作『サザエさんとエプロンおばさん』(60年)で、サザエさん一家(父母は藤原釜足と清川虹子、マスオさんは小泉博)が当並木道に勢揃いする姿を見ることができる。この幸福そうな日常風景からは、――高級住宅地のようで、実は下町の表情も併せ持つ――成城という街に住まうことが、人の暮らしとして、ある意味、理想的な形であったことが見て取れる。
成城のいちょう並木は日活作品にも登場。舛田利雄監督によるハードボイルド・アクション『女を忘れろ』(59年)では、ボクサー崩れのドラマーに扮する小林旭が当地に現れる。浅丘ルリ子扮する東邦女子大学(成城大学がロケ地となる)の女学生を訪ねた革ジャン姿のアキラは、大学正門前の松の木の下でルリ子を待ち受けるが、話が済むや小田急バスに乗り込み、大学をあとにする。やがて‶マイトガイ〟と呼ばれることになる小林旭も、さすがに並木道を馬で駆けていくことはできなかったようだ。
松林宗恵監督の降板により、青柳信雄監督が撮ることとなった『社長』シリーズの一篇『続社長太平記』(59年/本作からカラーとなる)では、森繁社長が当いちょう並木で公用車を降り、道を歩く子供たちと一緒に「春が来た」を歌うシーンが見られる。結果的にはこれ一本となったものの、いかにも青柳監督、と言うべきロケ地設定であった。
『ニッポン無責任野郎』(62年)で植木等に「ショボクレ人生」を歌わせる前に、古澤憲吾監督は、この並木道で坂本九に「九ちゃんのズンタタッタ」を歌わせている。その作品こそ、‶アワモリ君〟シリーズ第二作目となる『アワモリ君乾杯!』(61年)(註5)。この歌唱場面はモノクロ画面ながら、いちょう並木のスケール感が良く生かされており、これが『無責任野郎』や『日本一の色男』(63年)へと繋がっていくことになる。
昭和40年代に入っても、当いちょう並木はまだまだ絵になるロケ地だったと見え、『思い出の指輪』(68年:松竹/成城大学出身者が二人在籍したGS、ヴィレッジシンガーズによる学園もの)や『愛するあした』(69年:日活)といった斎藤耕一監督作品、大映の『新 高校生ブルース』(70年/帯森迪彦監督)、『赤頭巾ちゃん気をつけて』に続く‶薫くんもの〟となる『白鳥の歌なんか聞こえない』(72年:東宝/渡辺邦彦監督)などに連続登場。映像派として知られる斎藤監督が二度もロケ地に選んだほどだから、やはり当地はフォトジェニックな素材だったのだろう。
『愛するあした』では、並木道沿いの信号近くにあったレコード・ショップ「ポプラ」(夏木陽介さんも当店でよくレコードを購入されたと聞く)(註6)前で、松原智恵子と伊東ゆかりがザ・ワイルドワンズの面々と合流する場面、『新 高校生ブルース』では、関根恵子(現高橋惠子)と内田喜郎の高校生カップルが、いちょうの葉を踏みしめながらこの店先を歩いていく様子、『白鳥の歌なんか聞こえない』でもまったく同じ場所を岡田裕介(のちに東映社長〜会長。2020年逝去)が憂鬱そうな面持ちで歩く姿を確認することができる。
ちなみに、『思い出の指輪』には、ヴィレッジの面々と山本リンダが並木路を走行する小田急バスに飛び乗るという、ちょっと危ない場面がある。しかし、古くからの住人のどなたに伺っても、この区間を走る路線バスはなかったという。したがって、前述の『女を忘れろ』同様、このバスは撮影用の借り物だったことになるが、当時の映画会社なら、(ありもしない)バスを走らせることなど、それこそ‶お安い御用〟だったのだろう。
このように様々な映画(註7)に登場する‶成城名物〟いちょう並木。皆さんも一度は当地に足を運び、サザエさんや無責任野郎、森繁社長など、映画の主人公になったつもりで落ち葉を踏みしめていただければ幸いである。多少の銀杏(ぎんなん)臭さには目をつぶって(いや、鼻をふさいで)……。
(註1)昭和4年(1929)に成城高等学校第一回卒業生となった大岡昇平は、自著『成城だより』(講談社)に「校門前の銀杏と大島桜並木は同時の植樹なり。それらの樹が身丈ぐらいの高さしかなかった記憶あり」と記している。
(註2)当いちょう並木は、「せたがや百景」No.51に選定。田園調布にも同じようないちょう並木が複数存在するが、こちらは放射状かつ坂道になっているのが特徴。成城のそれ(4ブロックほど)と比べれば遥かにスケールが大きく、見栄えも良いものの、こちらの並木道が登場する東宝映画は、『ザ・タイガース 世界はボクらを待っている』(68年)、『白鳥の歌なんて聞こえない』(72年)くらいしか見たことがない。
(註3)三四郎という名の人物が登場しないにもかかわらず、こうしたタイトルがつけられているのは、岡田英次の唐手の師範が藤田進であり、さらにはそのライバルとして月形龍之介が出演(どちらも黒澤明の『姿三四郎』に登場)しているからに他ならない。
(註4)テレビ版は、TBS系列で65年11月から二年に亘って放送。このときの波平は森川信、フネは映画と同じ清川虹子、マスオは川崎敬三、ワカメには上原ゆかりが扮した。江利による主題歌(神津善行作曲)も印象に残る。
(註5)この映画で成城駅前商店街や東宝撮影所内の怪獣倉庫が見られるのは、以前ご紹介したとおり。撮影所内での〈追っかけシーン〉で、アワモリ君が同時上映作『世界大戦争』(松林宗恵監督)の撮影現場に闖入するのは、古澤ならではの〈お遊び〉であろう。
(註6)レコード・ショップ「ポプラ」の店内で撮影された映画には、『銭ゲバ』(70年:ジョージ秋山原作、和田嘉訓監督)という、絶対にソフト化されないであろうアングラ映画がある。
(註7)テレビドラマでは「気になる嫁さん」(71〜72年:NTV系)、「雑居時代」(73〜74年:同)、「傷だらけの天使」(74〜75年:同)、「赤い迷路」(74〜75年:TBS系)といった作品で、当並木道がロケ地になっている。
たかだ まさひこ
1955年1月、山形市生まれ.生家が東宝映画封切館「山形宝塚劇場」の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。大学は東宝撮影所にも程近い成城大を選択。卒業後は成城学園に勤務しながら、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)がある。近著として、植木等の偉業を称える『今だから! 植木等』を準備中(今冬刊行予定)。