22.02.28 update

第12回 【成城シネマトリビア】 成城に住んだ映画人 Vol.3 

 前述の写真化学研究所施設(トーキー録音ステージ)は、その後も「東宝撮影所分室」として存続。ここで初代ゴジラの着ぐるみが造られたことは、特撮ファンには良く知られた話であろう。すると、ゴジラの生まれ故郷は成城、ということになるが、ゴジラが成城を襲ったことが一度もないのは、案外そういう理由からなのかもしれない。

 その分室からすぐ近所に家を構えたのは監督の山本嘉次郎。俳優では高田稔、英百合子、北沢彪、入江たか子、伊達里子といった P.C.L. =東宝移籍組が住み始める。高田稔の隣には伊達里子がおり、黒澤明の盟友で音楽家の早坂文雄も一時期、道を挟んだ隣地に住んでいたという。英百合子(『社長』シリーズでは小林桂樹の母親役を務める)が住んだ区画には、ゴジラの生みの親・本多猪四郎監督がいた時期もあり、伊達の地番には、のちに監督の小田基義(黒澤の一年前に入社)(註2)が家を持つこととなる。

 少しのちには、ワンブロック先に宝塚歌劇団在籍時から東宝映画に出演していた八千草薫(当然、谷口千吉監督も)が居住。さらにのちには、団令子、夏木陽介、藤木悠、水野久美(上原美佐、三井美奈と共に‶スリー・ビューティーズ〟としてプッシュ)、星由里子、浜美枝(星と田村奈巳とで‶東宝スリー・ペット〟。今なら大問題か?)、中真千子(若大将の妹・照子役で有名)といった東宝若手俳優たちが住み、ほかにも三船敏郎の飲み友達であった田崎潤(元新東宝)がこの近所に越してきて、三船と揉め事(土屋嘉男が自著で記す〝成城のピストル事件〟)を起こしている。

 さらに、場所は特定できていないものの、P.C.L.主演女優第1号の千葉早智子(成瀬巳喜男と結婚)、月田一郎(山田五十鈴と結婚、娘は嵯峨美智子※のちに瑳峨三智子に改名)、嵯峨善兵(細川ちか子と同棲。東宝争議では中心的役割を担う)など、初期P.C.L.作品で活躍した俳優たちが撮影所周りに集結。この地区の住人で、現役最高齢ピアニストの室井摩耶子さん(成城学園出身)と五丁目の龍野邸(註3)で65年に亡くなった作曲家・山田耕筰も、『ここに泉あり』(55年:今井正監督)に本人役で出演しているので、立派な〝成城映画村〟の一員ということになる。

 仙川沿いにあった東宝撮影所は、いわゆる‶成城台地〟の東南崖下に位置する。その崖上に住んだのが、詩人の北原白秋(註4)、作家の横溝正史と野上弥生子、それに日活で一躍人気者となった石原裕次郎である。野上はこの家で死去。北原には東宝撮影所内にあった煙突を詠んだ短歌があり、自宅から撮影所の様子が眺められたことがうかがえる。探偵小説の横溝先生は、杖を片手に成城の街を散歩なさっている姿をよく拝見したものだ。のちに東宝で映画化されることとなる『病院坂の首縊りの家』のモチーフとなった〝病院坂〟は、横溝邸の西側にあった〝御料林〟の一画に、実際に存在した坂道である(註5)。

 

若き日の石原裕次郎は、成城から調布にある日活撮影所に通っていた イラスト:岡本和泉

 当初、プロデューサー・水の江瀧子邸(やはり成城にあった)に下宿していた石原裕次郎は、日活から東宝撮影所脇の崖上(成城一丁目)に住宅を与えられ、水の江もこの敷地内に家を建てている。石原が、のちに国分寺崖線の崖上に移り住んだことや、同じく独立プロを興した三船敏郎と(グラスを片手に?)『黒部の太陽』の構想を練ったことは前回述べたとおりだ。

 かつてP.C.L.は、撮影所近くにいくつかの社員アパートを持っていた。そのすぐ傍に家を構えたのが、黒澤組で美術を担当した村木与四郎と脚本家・井手雅人である。スクリプターの野上照代や本多猪四郎監督は小田急線の北側から、こちらの二人は南側の地から、黒澤を支えていたことになる。

 この近くを走る「富士見橋通り」沿いに住んだのが監督の青柳信雄、市川崑、深作欣二らに、藤田進、勝新太郎といった俳優たち。いずれも前号で紹介した富士見橋から程近い場所に家があったが、今でも多くの人気俳優・タレントが住まう現役の‶映画人居住区〟であるところが、成城の成城たる所以であろう。

 三回に亘ってご紹介した「成城に住んだ映画人」たち。皆さんも実際に通りを歩いていただければ、当地が‶日本のビバリーヒルズ〟であることを実感していただけるはず。お天気の良い日にでも、一度 ‶成城散歩〟に出かけてみてはいかがだろう?

(註1)植村邸には立派なテニスコートがあり、大川平八郎の弟(立教大学のテニス選手)が植村の娘たちのコーチを務めた。米軍に接収された後、当邸宅には『青い山脈』を作詞した詩人の西條八十が住む。

(註2)小田基義の子息・小田啓義は、のちにジャッキー吉川とブルーコメッツのオルガニストとして活躍する。

(註3)「龍野邸」は、円谷プロの特撮テレビドラマ『ウルトラQ』(66年:TBS系)では一の谷研究所の外観として使用された。

(註4)北原白秋は、山田耕筰と多くの歌曲・童謡を共作しただけでなく、成城学園の女学校校歌も担当。植村邸に住んだ西條八十ともいくつかの楽曲を残している。

(註5)市川崑監督により映画化された際は、成城の‶病院坂〟でなく、世田谷区岡本町にあるドミニコ学園脇の坂道で撮影が行われた。


高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。大学は東宝撮影所に程近いS大を選択。卒業後はライフワークとして、東宝作品を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆、クレージー・ソングのバンドでの再現を中心に活動。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同/2022年1月刊)がある。

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.25
    クリスマス・イブに手塚治虫の歴史的名作が蘇る!映画...

    応募〆切:12月15日(日)

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!