23.02.16 update

早世の作詞家・高野公男と作曲家・船村徹との男の友情に泣く、春日八郎「別れの一本杉」にまつわる物語

「山の〝かけす〟って何だ?」

「カラスだろ」

「春日八郎はかけすって歌っているよ」

 同級生とのこんな会話をしたかも知れないが、〝かけす〟の正体を知らないまま歳月が経ってしまった。「別れの一本杉」は、小学生になって間もない頃の大ヒット曲だった(昭和30年(1955)12月にリリース)。

 壁ひとつで仕切られたような隣家のおばさんは、いつも鼻歌を歌っていた。そのレパートリーは豊富で童謡から民謡、歌謡曲までどこでどう覚えたのか、炊事洗濯の手を動かしながら口ずさんでいた。ただ初めから終わりまで丸ごと一曲歌いきれたかどうか、定かではない。男の声にしては高音の春日八郎の「別れの一本杉」を、おばさんは誰に聞かせるでもなく〝山のかけすも啼いていた〟から〝一本杉の〟の高低差にメリハリを利かせてよく通る声で歌っていた。子ども心に哀しい歌とは理解していたと思うが、追いかけっこなど外遊びの目印に「ここが別れの一本杉だ」とシャレていたのは大ヒットの証だったか。

 春日八郎の力まずサラッとした歌唱が人気を呼んだのか、1953年に「赤いランプの終列車」(作詞・大倉芳郎、作曲・江口夜詩)、続いて1954年「お富さん」(作詞・山崎正、作曲・渡久地政信)がヒットしていた。流行歌とはよく言ったもので、ヒットすれば2年や3年は庶民に大事に愛唱される。子どもが歌うには畏れ多い歌だったが、なぜか諳んじてしまう。「お富さん」などは子どもにも演歌っぽくないメロディーやアップテンポが覚えやすかったのだろう。子どもたちは意味も知らずに、「イキナクロベエミコシノマツニ」と口ずさみ、いわば社会現象化して、春日八郎は下積みから一躍、陽の目を見たのだった。

 年が明けて1955年もヒットがつづく「お富さん」ブームの中、大人たちは、「一曲がヒットし過ぎるとあとが続かない」、「お富さんの消えるときが春日八郎の消えるとき」と噂した。だが11月、「別れの一本杉」がリリースされた。望郷演歌の嚆矢(こうし)といわれながら、この歌もまた60万枚の大ヒットを記録した。それまでの流行歌とは質の異なる望郷歌謡がヒットすることによって、「演歌」という新天地を築いたといわれた。春日も歌手としての揺るぎない地位を確立し、「別れの一本杉」は生涯の代表曲の一つとなる。春日八郎はこの年「平凡」の投票で男性歌手部門に初登場し、いきなり2位以下(小畑実、田端義夫、津村謙、岡晴夫、藤山一郎)に大差を付けて第1位に輝き、「別れの一本杉」で1956年の第7回NHK紅白歌合戦に2回目出場、1969年の第20回NHK紅白歌合戦に15回目出場、通算21回出場している常連組といわれた。

 春日八郎の人生も下積みがあり紆余曲折があったが、「別れの一本杉」の作詞・高野公男、作曲は船村徹もまた田舎から上京し苦労の連続で底辺を生きた。二人はかつて春日八郎も通った東洋音楽学校(現東京音楽大学)の在学中に知り合い、栃木弁の船村と茨城弁の高野は息が合ってコンビを組んだ。この新人コンビは作れども作れどもヒットに恵まれず苦しい時代を過ごす。いくつかの曲をキングレコードに売り込みにいくばかりの日々、専属作家にはなれなかった。

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