当時、フォークソングシンガーの多くがそうだったように、千春もまた音楽番組への出演を拒否していたが、多くのファンの要望に応える形で「1度限り」という条件で、コンサート会場であった旭川市民会館からの中継で、TBS系列「ザ・ベストテン」に初の生出演を果たした。ただ、「1度限り」という約束は、「長い夜」の大ヒットにより破られるという、ファンにとっては嬉しい結果をもたらすことになった。「季節の中で」以来2度目となる「ザ・ベストテン」への生出演が、富山のコンサート会場からの中継で実現した。スタジオの黒柳徹子、久米宏との掛け合いの中で、「前回、一度しかテレビに出演しないと言ったのにまた出てくることになり、凄く悩んだけれど決意した」と語っていた。
松山千春のメジャー・デビューは、77年1月25日にキャニオン・レコードからリリースされた「旅立ち」。この曲も、松山千春の歌声を印象づける記憶に残る楽曲で、今も歌い継がれている。同年6月には2枚目のシングル「かざぐるま」がリリースされたが、B面の「銀の雨」のほうが、知られているかもしれない。そして、3枚目のシングルが「時のいたずら」である。オリコン・シングルチャートでは「旅立ち」が74位、「時のいたずら」が29位と、松山千春の熱心なファンでもない僕でも口ずさめるのに、と意外な感じがする。もし、「季節の中で」の後にリリースされていたら、絶対ベストテン内に入っていたにちがいない。
また、松山千春を語るとき欠かせない曲に「大空と大地の中で」がある。77年のアルバム『君のために作った歌』に収録されており、北海道勢が甲子園に出場した際には応援歌として、たびたび甲子園球場で流れていた。知らず知らず北海道の風景が目に浮かんでくるスケールの大きなすがすがしい曲で、雪印乳業のCMソングにも起用されていた。桑田佳祐も、「平成三十年度!第三回ひとり紅白歌合戦」で歌っている。
「季節の中で」に続く、「窓」「夜明け」「恋」「人生(たび)の空から」は、いずれもシングルチャート週間売上ベストテン内に入った、千春ファンのみならず多くの人々の記憶に残る楽曲である。特に「恋」は歌謡曲要素の濃い大人の曲といった感じで、中森明菜、吉幾三、坂本冬美ら、幅広い層の歌手にカバーされている。個人的には、83年にリリースされ、服部克久が編曲を手がけた「電話」も大好きな曲である。
「長い夜」は、フォークソングにあまり興味のなかった歌謡曲ファンにも広く受け入れられた曲だったと認識しているのだが、僕にとっては2度目の大学一年生になった81年を思い起こす引金になる曲で、その年の飲み会のカラオケでは、無謀にも「長い夜」に挑む連中が多かったことも思い出される。そして「長~~~~い夜を」と歌っていた、「ザ・ベストテン」での、まだ20代の松山千春の姿と、Hの姿が重なってくるのである。「長い夜」は、歌が人生のそれぞれの時期に寄り添っていることを、僕に実感させてくれる1曲である。
文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫