有名な後日談がある。遠藤実がギターを抱えて〝流し〟をしていた頃からの恩人が、私財を投じて設立したレコード会社「ミノルフォン」は社名も「実」が付けられている。しかし、作曲家として優れていても遠藤には経営手腕が欠けていたのか、ヒット曲に恵まれずまさに鳴かず飛ばず状態だった。遠藤にとっても「困っちゃうな」状態で、「苦しかったからこそリンダくんのデビュー曲のような明るい歌ができた」と述懐している。だが、「演歌の遠藤があんなモダンなポップス系の曲を書けるはずがない、会社の不振でダミーに書かせて買い取ったのではないか」とまで噂された。ミノルフォン設立2年目の大ヒットへのやっかみのような中傷が刺さった。デビュー曲がいきなりミリオンセラーとなり、一気にスターダムに駆け上がって翌年のNHK紅白歌合戦にも初出場するが、リンダには常にやっかみ的な言いがかりがつきまとった。曰く、あの舌足らずの歌い方は国民番組にふさわしくない、品位に欠けるとNHKは難色を示したという。ところが同局の人気番組「のど自慢」の出場者に「こまっちゃうナ」の選曲が多くなっていったことで反対論は消えていったというエピソードもあった。
ミノルフォンの救世主となったリンダの歌手デビューは、しかし長年のリンダファンのボクにとっては「こまっちゃうな」だった。舌足らずで音程もあやしく音域も狭くて苦し気の歌唱、押しつけがましい可愛い子ちゃんぶりっこに、ワナワナと震えるような悲しみに襲われたのだった。もっと正直にいえば、歌は「へたくそ」、可愛いいだけでレコード歌手になれるのか、と冷ややかどころかモデル時代の彼女に恋していたボクの落胆は度を超えていた。「夢のセレナーデ」の時のように黙って微笑むだけでリンダは美しく可憐に存在していてくれたではないか…。だから紅白歌合戦の初出場もボクは知らない。「こまっちゃうナ」の余勢はあったものの、次のヒットがなくボクの初恋のリンダはあっけなく忘却の彼方に消え去った。
だが、リンダは不死鳥のようによみがえった。1972年、キャニオン・レコード(現ポニーキャニオン)に移籍して間もなく、作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一が初めてコンビを組んでリリースした、「どうにもとまらない」に再起をかけたのだった。
偶然にも本稿執筆の数日前、NHK第一ラジオで「〝昇話〟歌謡~うたの宝探し」の放送を耳にした。春風亭昇太と宮崎美子が司会兼聞き手となってゲストの都倉俊一が裏話を語りながら最初にかけた曲が、まさに「どうにもとまらない」だった。聞けば、キャニオン・レコードもヒット曲の不作で経営が行き詰まっていた。キャニオンのディレクターが頭を下げて都倉と阿久悠を引き合わせ、曲作りを依頼する。だが、都倉は二の足を踏んだ。「山本リンダ?! へたですよ!」と。キャニオンはフジテレビの子会社でもあり、これからテレビとのメディア・ミックスでヒットさせると意気込むディレクターと、何としてもこれまでの「舌足らずな歌い方をする、可憐な少女歌手」、「歌う妖精」というイメージから脱したいというリンダの思いがつながった。世に伝わる「リンダ・プロジェクト」である。ヘソ出しルック、網タイツの驚くべき衣装でセクシーな大人の女になり切ったリンダは、所狭しとばかりに舞台を縦横に使って情熱的なアクションで踊り歌った。初出場の紅白は見向きもしなかったが、5年を経て「どうにもとまらない」で出場した1972年のNHK紅白歌合戦のリンダの舞台は鮮明に浮かんでくる。ボクはテレビ画面に釘付けになった。あまりの変容に唖然としながら、涙腺がゆるくなっていた。「こまっちゃうナ」の大ヒットの後の「落ち目のリンダ」「一発屋」と揶揄されていた彼女は見事に変身してよみがえった。再起への情熱がそのまま歌とダンスに乗り移ったようだった。あれほど大好きだった山本あつ子から遠ざかってしまったことを、心から詫びた。
以後、「狂わせたいの」「じんじんさせて」「狙いうち」「燃えつきそう」「ぎらぎら燃えて」「きりきり舞い」…と阿久・都倉コンビの下で大ヒットを記録。かくてミノルフォンが救われたように、再びキャニオンという瀕死のレコード会社を再生させたのだった。「山本リンダは、キャニオン・レコードを倒産から救った」との記事がスポーツ新聞の芸能欄を飾った。
彼女の著書(『どうにもとまらない私』2004年 潮出版社)の冒頭に、
「私はハーフです。北九州の小倉のダンスホールで働いていた日本人の母と、米兵だった父が恋に落ちて、私は生まれました。でも、私と父の思い出がありません。私が一歳のころ、父は朝鮮戦争で戦死したからです。」
と書いている。昭和の時代、ハーフの子は、「合いの子」と呼び捨てにされた。その母は再婚することもなく、女手一つで果てのない苦労をしたことだろう。ボクと同時代を、浮沈の激しい世界にあえぎながら、逆風に耐えながら、心無い中傷に立ち向かいながら生きてきた山本リンダの生き様に敬服するのである。
文:村澤 次郎 イラスト:山﨑 杉夫