24.05.02 update

山本リンダの「こまっちゃうナ」から「どうにもとまらない」波乱の人生を振り返ると昭和歌謡が見えてくる

 有名な後日談がある。遠藤実がギターを抱えて〝流し〟をしていた頃からの恩人が、私財を投じて設立したレコード会社「ミノルフォン」は社名も「実」が付けられている。しかし、作曲家として優れていても遠藤には経営手腕が欠けていたのか、ヒット曲に恵まれずまさに鳴かず飛ばず状態だった。遠藤にとっても「困っちゃうな」状態で、「苦しかったからこそリンダくんのデビュー曲のような明るい歌ができた」と述懐している。だが、「演歌の遠藤があんなモダンなポップス系の曲を書けるはずがない、会社の不振でダミーに書かせて買い取ったのではないか」とまで噂された。ミノルフォン設立2年目の大ヒットへのやっかみのような中傷が刺さった。デビュー曲がいきなりミリオンセラーとなり、一気にスターダムに駆け上がって翌年のNHK紅白歌合戦にも初出場するが、リンダには常にやっかみ的な言いがかりがつきまとった。曰く、あの舌足らずの歌い方は国民番組にふさわしくない、品位に欠けるとNHKは難色を示したという。ところが同局の人気番組「のど自慢」の出場者に「こまっちゃうナ」の選曲が多くなっていったことで反対論は消えていったというエピソードもあった。

 ミノルフォンの救世主となったリンダの歌手デビューは、しかし長年のリンダファンのボクにとっては「こまっちゃうな」だった。舌足らずで音程もあやしく音域も狭くて苦し気の歌唱、押しつけがましい可愛い子ちゃんぶりっこに、ワナワナと震えるような悲しみに襲われたのだった。もっと正直にいえば、歌は「へたくそ」、可愛いいだけでレコード歌手になれるのか、と冷ややかどころかモデル時代の彼女に恋していたボクの落胆は度を超えていた。「夢のセレナーデ」の時のように黙って微笑むだけでリンダは美しく可憐に存在していてくれたではないか…。だから紅白歌合戦の初出場もボクは知らない。「こまっちゃうナ」の余勢はあったものの、次のヒットがなくボクの初恋のリンダはあっけなく忘却の彼方に消え去った。

 だが、リンダは不死鳥のようによみがえった。1972年、キャニオン・レコード(現ポニーキャニオン)に移籍して間もなく、作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一が初めてコンビを組んでリリースした、「どうにもとまらない」に再起をかけたのだった。

 偶然にも本稿執筆の数日前、NHK第一ラジオで「〝昇話〟歌謡~うたの宝探し」の放送を耳にした。春風亭昇太と宮崎美子が司会兼聞き手となってゲストの都倉俊一が裏話を語りながら最初にかけた曲が、まさに「どうにもとまらない」だった。聞けば、キャニオン・レコードもヒット曲の不作で経営が行き詰まっていた。キャニオンのディレクターが頭を下げて都倉と阿久悠を引き合わせ、曲作りを依頼する。だが、都倉は二の足を踏んだ。「山本リンダ?! へたですよ!」と。キャニオンはフジテレビの子会社でもあり、これからテレビとのメディア・ミックスでヒットさせると意気込むディレクターと、何としてもこれまでの「舌足らずな歌い方をする、可憐な少女歌手」、「歌う妖精」というイメージから脱したいというリンダの思いがつながった。世に伝わる「リンダ・プロジェクト」である。ヘソ出しルック、網タイツの驚くべき衣装でセクシーな大人の女になり切ったリンダは、所狭しとばかりに舞台を縦横に使って情熱的なアクションで踊り歌った。初出場の紅白は見向きもしなかったが、5年を経て「どうにもとまらない」で出場した1972年のNHK紅白歌合戦のリンダの舞台は鮮明に浮かんでくる。ボクはテレビ画面に釘付けになった。あまりの変容に唖然としながら、涙腺がゆるくなっていた。「こまっちゃうナ」の大ヒットの後の「落ち目のリンダ」「一発屋」と揶揄されていた彼女は見事に変身してよみがえった。再起への情熱がそのまま歌とダンスに乗り移ったようだった。あれほど大好きだった山本あつ子から遠ざかってしまったことを、心から詫びた。

 以後、「狂わせたいの」「じんじんさせて」「狙いうち」「燃えつきそう」「ぎらぎら燃えて」「きりきり舞い」…と阿久・都倉コンビの下で大ヒットを記録。かくてミノルフォンが救われたように、再びキャニオンという瀕死のレコード会社を再生させたのだった。「山本リンダは、キャニオン・レコードを倒産から救った」との記事がスポーツ新聞の芸能欄を飾った。

 彼女の著書(『どうにもとまらない私』2004年 潮出版社)の冒頭に、

「私はハーフです。北九州の小倉のダンスホールで働いていた日本人の母と、米兵だった父が恋に落ちて、私は生まれました。でも、私と父の思い出がありません。私が一歳のころ、父は朝鮮戦争で戦死したからです。」

 と書いている。昭和の時代、ハーフの子は、「合いの子」と呼び捨てにされた。その母は再婚することもなく、女手一つで果てのない苦労をしたことだろう。ボクと同時代を、浮沈の激しい世界にあえぎながら、逆風に耐えながら、心無い中傷に立ち向かいながら生きてきた山本リンダの生き様に敬服するのである。

文:村澤 次郎 イラスト:山﨑 杉夫

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.09.05
    引きこもりの愉しみ─萩原 朔美の日々   

    第22回 キジュからの現場報告

  • 2024.09.05
    尾上松也、瀧内公美、段田安則らが織田作之助の『夫婦...

    東京、愛知、大阪公演

  • 2024.09.05
    今年4月、84歳で逝ったいぶし銀のような名バイプレ...

    佐川満男「今は幸せかい」

  • 2024.09.04
    上村松園の渾身の名作《雪月花》三幅対も公開!皇居三...

    9月10日(火)~10月20日(日)

  • 2024.09.04
    『テルマエ・ロマエ』の原作者・ヤマザキ マリさんが...

    大切な入浴と睡眠

  • 2024.09.03
    十代の宮﨑あおいが三億円強奪事件実行犯を演じた『初...

    文=河井真也

  • 2024.09.03
    世界的人気ピアニスト フジコ・ヘミングの2020年...

    応募〆切:10月10日(木)

  • 2024.09.02
    <特集>今、時代劇が熱い! 第2弾、藤沢周平時代...

    時代劇は日本文化の財産である

  • 2024.08.30
    東京国立近代美術館「ハニワと土偶の近代」観賞券

    応募〆切:9月29日(日)

  • 2024.08.30
    第2回 高峰秀子☆ デコちゃんのP.C.L.=東宝...

    文=高田雅彦

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!