翌年には、中島みゆき作詞・作曲「あばよ」で、自身初のオリコンシングルチャート週間1位を獲得し日本レコード大賞歌唱賞、日本歌謡大賞放送音楽賞、FNS歌謡祭最優秀歌謡音楽賞などに輝いた。そして、NHK紅白歌合戦にも初出場を果たした。その紅白で歌ったのは、中島みゆきからの最初の提供曲である「LA-LA-LA」だった。76年の初出場組には、太田裕美、伊藤咲子、新沼謙治、あおい輝彦、「岸壁の母」の二葉百合子、「ビューティフル・サンデー」の田中星児がいる。
研ナオコへの中島みゆきの提供曲はアルバム曲を含め15曲にのぼる。詞、曲ともに提供した歌手では、2020年までのデータでは研ナオコが最多である。78年の2回目となる出場時には、やはり中島みゆき作詞・作曲による「かもめはかもめ」を歌った。日本レコード大賞金賞、日本歌謡大賞放送音楽賞を受賞したヒット曲である。そのほかにも、「窓ガラス」「ひとりぼっちで踊らせて」などもヒットしている。研ナオコの歌手としての資質と、中島みゆきの詩情、紡ぎ出されるメロディが、パズルのピースのようにぴったりはまったのだろう。11回目にして、現在までで最後の出場となっている紅白歌合戦でも、研ナオコは再び「かもめはかもめ」を歌った。
研ナオコは78年の2回目出場からは86年まで、紅白歌合戦には9回連続出場している。そこにはタレントではない、歌手・研ナオコがしっかりと存在していた。シンガーソングライター・福島邦子の曲をカバーした「ボサノバ」、桑田佳祐作詞・作曲の「夏をあきらめて」、小椋佳作詞・作曲の「泣かせて」、「愚図」のコンビである阿木燿子作詞、宇崎竜童作曲の「Tokyo見返り美人」、いずれも研ナオコだからこそ成立する曲のように思える。そういえば、田原俊彦と、Toshi & Naokoの名義でリリースしたデュエット曲「夏ざかりほの字組」もヒットした。
「愚図」をリリースした75年の日本の音楽界は、井上陽水のアルバム『氷の世界』が、日本アルバム史上初のミリオンセラーを記録し、ザ・ピーナッツが引退し、第一次ディスコ・ブームが起こり、小室等、吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげるがフォーライフ・レコードを設立、そんな時代だった。巷には、レコード大賞を受賞した布施明の「シクラメンのかほり」、レコード大賞最優秀新人賞を受賞した細川たかしの「心のこり」、年間レコードセールス1位の、さくらと一郎の「昭和枯れすすき」、沢田研二の「時の過ぎゆくままに」、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」、野口五郎の「私鉄沿線」、岩崎宏美の「ロマンス」、風の「22才の別れ」、バンバンの「『いちご白書』をもう一度」などが流れていた。
「愚図」の歌詞を改めて読んでみると、研ナオコの役どころにぴったりの主人公のキャラクター設定。まさに研ナオコのための歌であることが納得できる。容姿に自信のない女の子が、睫毛が自慢の親友に好きな相手を打ち明けられて、頼まれてもいないのに「まかせときなよ」と、心にもないことを言い、本当は主人公が〝アンタ〟と行きたかった喫茶店で〝アンタ〟に会わせる。やたら一人でしゃべりまくり、二人を笑わせる。でも、心の中では、早く独りになって泣きたい気分。そして「本当はアンタが好きだ」なんて、今更言えるわけがないじゃん、と心で叫ぶ。研ナオコの歌声は、慟哭のようにも聞こえる。お人好しで、おせっかいなおばかさん。
〝アンタ〟は主人公の友だちだろう。もしかしたら幼馴染、なんでも言い合える親友かもしれない。〝アンタ〟は主人公のことを、どのように思っているのだろうか。そして、この結末は、どうなるのだろうか、と想像してみたくなる。主人公にも、きっといい出会いがあるはずだと思いたい。
物語に誘い込むようなドラマティックなエレキのイントロ、宇崎竜童が作ったメロディもすばらしいが、なんといっても阿木燿子の詞が心に刺さる。詞の世界観と旋律とが見事にはまった楽曲だと思う。恋に不器用な女の子の心の内が鮮やかに浮かび上がる。この曲を聴いて、自分自身と重ね合わせた女の子も多かったのではないだろうか。「愚図」は、紅白歌合戦では歌われることはなかったが、研ナオコに、歌手、ミュージシャンという肩書が似合うようになったのは、「愚図」との出合いがあったからだ。イラストを見ていただければおわかりになるが、レコードジャケットの題字は、森繁久彌によるものだ。
文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫