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戦後日本映画界に颯爽と現れるや時代のヒーローとして燦然と輝き、〝タフガイ〟と呼ばれた永遠のトップ・スターの哀愁のムード歌謡から昭和のスクリーンが甦る 石原裕次郎「赤いハンカチ」

 昭和の時代には〝歌う映画スター〟と呼ばれ、映画スターが、その人気に乗じてレコードも吹き込んでヒットするということが多かった。第一号とされるのが、戦前に「大江戸出世小唄」をヒットさせた高田浩吉らしい。女性では高峰三枝子だろうか。高峰秀子は「銀座カンカン娘」をヒットさせているし、鶴田浩二も「街のサンドイッチマン」「傷だらけの人生」というヒット曲を出している。

 特に日活映画の俳優たちは、ほとんどがレコードを吹き込んでいる。小林旭、浅丘ルリ子、赤木圭一郎、吉永小百合、渡哲也、和泉雅子、山内賢、松原智恵子、浜田光夫、梶芽衣子などなど。東宝の加山雄三などは、むしろ音楽界での評価が高いくらいである。高倉健、藤純子(現・富司純子)、倍賞千恵子にもそれぞれヒット曲がある。いずれもコロムビアからレコードをリリースしている本間千代子、高田美和、内藤洋子、酒井和歌子も、テレビの歌謡番組に出演していた。石原裕次郎は、加山雄三と並び〝歌う映画スター〟の筆頭だろう。


「赤いハンカチ」がリリースされたのは62年だった。テイチクレコード創業30年記念レコードとして発売されたものだった。映画の公開は64年1月3日、正月映画第二弾としてだったので、映画そのものの製作に合わせて作られた曲ではない。ヒット曲ありきの映画企画だった。横浜を舞台に、裕次郎、浅丘ルリ子、二谷英明の3人の関係がドラマチックに描かれており、後に〝ムード・アクション〟と呼ばれる日活の映画ジャンルの始まりともされ、代表作とも評価されている。監督は舛田利雄。

 裕次郎と二谷は横浜港署の同僚の刑事、ルリ子は、麻薬の取引現場で犯人と接し、しょっ引かれる屋台のおでん屋のオヤジ(映画『男はつらいよ』の初代おいちゃんを演じた森川信が演じている)の娘で鋳物工場で働いている。裕次郎は父親が拘留されたことを伝えるために家を訪ねたとき、「お豆腐屋さーん」と、自転車で売り歩く豆腐屋を呼び止めるルリ子と遭遇する。明るく屈託のないさわやかな娘と、ある事件をきっかけに後に実業家となる二谷の妻となった浅丘ルリ子の〝陽〟から〝陰〟へと変貌する演技は、大いに話題となった。そして、事件の謎がすべて解き明かされ、ルリ子の視線をよそに、裕次郎がギターを手に並木道を一人去っていくラストシーン。男女の違いはあるが、名作『第三の男』を思わせる印象的な画だった。この作品を好きな映画の1本に挙げる映画人たちも少なくない。共演者も事件の真相を探り続ける刑事役の金子信雄をはじめ、芦田伸介、桂小金治、笹森礼子、川地民夫、清水将夫ら、〝ザ・日活〟といった布陣。ムード・アクション映画の代表として、主題歌も含めて『夜霧よ今夜も有難う』を推す人が多いかもしれないが、僕は主題歌も含めて『赤いハンカチ』が、今でも好きだ。

 レコードの「赤いハンカチ」では、バンドのムード歌謡曲風の演奏で裕次郎が歌っているが、映画では、伊部晴美の爪弾くギターがバックに使われており、哀愁感をスクリーンに効果的に漂わせている。裕次郎がギターを弾きながら盛り場で「赤いハンカチ」を歌うシーンは、これぞまさしくムード・アクション映画の極みとも言え、当時の観客を大いに喜ばせたものである。63年4月から64年3月の年間興行第3位の配収を稼いでいる。

 
 初めて『赤いハンカチ』を観たのは、公開当時の映画館でだった。僕は小学校の低学年だったが、父親に連れられて一緒に観たときの記憶は今も鮮明だ。どちらかといえば、併映の吉永小百合、浜田光夫、十朱幸代、和泉雅子共演の石坂洋次郎原作の映画『光る海』を目当てに行ったのかもしれないが、僕の心を掴んだのは『赤いハンカチ』のほうだった。そして裕次郎が歌う「赤いハンカチ」にしびれた。鼻歌でも歌うかのように、肩に力が入ることもなく楽々と歌ってみせる裕次郎の、エコーのきいた低音だが甘い歌声。それに、「俺たちだけがしょんぼり見てた遠い浮雲」というフレーズがなぜか、まだ10歳にもならない子どもの胸にひっかかった。決してませていた子どもではなかったと思うのだが。子どもなりに哀愁という言葉も知らないまま、哀愁を感じていたのだろうか。

 カラオケでも「わが人生に悔いなし」「北の旅人」「ブランデーグラス」「恋の町札幌」など、裕次郎の曲はシニア世代に人気がある。裕次郎があんなに楽々と歌っているのだからと、「赤いハンカチ」に挑戦してみたが、難しくて歌えなかった。淡々とした歌声の中にも物語を感じさせてくれる「赤いハンカチ」。僕にとって石原裕次郎のベスト・ソングである。

文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫

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