「ワ、ワ、ワ、輪が三つ……」でおなじみのミツワ石鹸の提供で、昭和32年から放送が始まったアメリカのテレビドラマ「名犬ラッシー」。コリー犬ラッシーのいる家族の暮しは、どこか豊かで幸せな姿に映った。子供から大人までが賢いラッシーに夢中になり、コリー犬ブームが起きた。俳優の高倉健さんは、近所で生まれた雑種の子犬を、親の許可なく貰い受け家の物置小屋に隠した体験をエッセイで書いている。「返してきなさい」という親の言葉を頑なに拒んだ結果、丸と名付けられたその子犬は、その後2年間家族の一員であった、という。高倉さんが9歳の少年時代、昭和15年ころの話だ。いつの時代も子供たちは犬が大好き、犬は子供にとってかけがえのない友である。そして飼い犬のいる生活は、昭和の家族の幸せな一枚のスケッチだったのだ。
昭和の風景 昭和の町 2010年6月1日号より
昭和に広まった犬を飼う暮し
家族の中に犬がいる小市民の幸せな風景
文=川本三郎
郊外の庭付き一戸建て、犬小屋のある暮し
昭和の郊外住宅地に住む小市民の暮しを振返ってみると、そこには必ず犬がいる。
たとえば、昭和七年(1932)に作られた小津安二郎監督のサイレント映画『生まれてはみたけれど』。
東京の郊外(池上線の沿線と思われる)に住む一家は、丸の内あたりの会社に勤める父親(斎藤達雄)と専業主婦の母親(吉川満子)、小学生の男の子が二人という四人家族。
そして家には犬がいる。庭にちゃんと犬小屋を作ってもらっている。病気になると、近所から獣医がやって来る。一家に大事にされていることが分かる。
郊外の庭付き一戸建て、和洋折衷のいわゆる文化住宅は、昭和の小市民の幸福の象徴である。かつての大家族とは違った、両親と子供たちだけの小さな家族。そこにはたいてい犬がいる。
石井桃子の原作、倉田文人監督の『ノンちゃん雲に乗る』(55年)も、まだ麦畑の残る東京郊外に住む小市民一家の物語。
都心の会社に通うお父さん(藤田進)、お母さん(原節子)、お兄さん、それにノンちゃん(鰐淵晴子)の四人家族。
そしてやはり、この家にも犬がいる。名前は『生まれてはみたけれど』と同じでエス。庭にはちゃんと犬小屋があって「エスの家」と書かれている。お父さんが休日に作ったのだろう。やはり犬が可愛がられている。
石井桃子の原作を読むと、捨てられていた犬をお兄さんが拾ってきて飼うようになったとある。犬を拾ってくるのはたいてい子供だった。普通は、なかなか親が飼っていいといわないのだが、ノンちゃんの家では許してもらえた。子供たちもエスも幸せだ。