美容師は、看護婦、バスの車掌、タイピストなどと並んで、昭和の時代に少女時代を過ごした女の子たちの憧れの職業である。洋髪を普及させ、社会に進出する新しい時代の女性像を創り出す美容師は戦後、もっともハイカラな職業の一つであり、また、美容師こそ働く女性そのものであった。ニュー・モードのヘア・スタイルは女性たちを華やかに進化させ、ヘプバーン・カット、セシール・カットなどスクリーンからも数々の新しいヘア・モードが誕生した。美容師は日本女性の近代・現代を開花させた時代の先端の職業であった。
美容師
時代の先端を行くモダンな自立した女性たち
文=川本三郎
昭和の風景 昭和の町 2010年10月1日号より
平和な時代の横文字「パーマネント」
昭和二十八年(1953)に公開された小津安二郎監督『東京物語』の長女、杉村春子は美容師。
下町の商店街に「うらら美容院」という小さな店を構え、若い女性を助手にしていつも忙しそうに働いている。
客にこんなことを言っている。
「奥様、一度アップしてごらんなさいましよ。そのほうがお似合いになりましてよ。そのほうがお似合いになりましてよ。ネックラインがとてもおきれいですもの。レフトサイドをぐっと詰つめて、ライトサイドにふんわりウェーブでアクセントをつけ」
片仮名が多い。美容院は女性たちにとってハイカラな場所だったからだろう。
戦時中、太平洋戦争が激しくなった頃、美容院は外国から入ってきたものとして敵視された。「パーマネントはやめましょう」という標語が作られた。昭和二十八年、そんな受難の時代は過去のものになっている。平和な時代が訪れ女性たちがまた美容院に通うようになっている。
戦時中、横文字は敵性語として禁止された。「パーマネント」は「電髪」と言い換えられた。杉村春子はその時代の反動のようにおおらかに「アップ」「ネックライン」「レフトサイド」……と片仮名を使う。