23.02.14 update

母親の作ってくれた服を着るのが自慢で誇らしかった時代

昭和の家庭では、子供たちの服は母親が作るというのが、ごく日常的であった。
普段着から、音楽会や学芸会、入学式といった〝ハレ〟の日の服まで
母親は子供の喜ぶ顔を思い浮かべながらスタイルブックを参考にして
型紙を作り、布地を裁ち、ミシンを踏んだ。
玄関口に〝お仕立て承ります〟と書かれた
木の看板を掲げたり、貼り紙をしている家もあった。
稼業というわけではなく、洋裁の得意な女性たちの副業みたいなもの。
当時は、裁縫全般も花嫁修業のひとつであった。
子供たちも母親が作ってくれた服を着るのは、自慢で、誇らしい気がしたものだ。
今、小学校でもブランドものの制服が採用されることを思うと隔世の感がある。
母が作ってくれた服は、子供たちにとって思い出として永遠に記憶されているだろう。


洋裁は懐かしい母の思い出
~世界にひとつだけの手作りの服~

文=川本三郎

昭和の風景 昭和の町 2018年4月1日号より


 明日は子供の遠足か学芸会かなのだろう。子供がハレの日に着る洋服を作るために、母親が夜遅くまでミシンを踏み、布地を繕い裁つ。子供は新しい服が出来てゆくのがうれしくて、なかなか眠れない。
 昭和の家庭でよく見られた光景ではないか。子供の服は、既製服ではなく、母親が自分で作る。そういう時代が確かにあった。ミシンは家庭には必需品だった。
 洋服を家庭で作る。つまり「洋裁」。
 既製服が全盛の時代、「洋裁」という言葉も次第に死語になりつつあるが、昭和の家庭では、「洋裁」は日常風景だった。

昭和の映画に登場するミシンを踏む女優たち

 昭和六年に公開された日本最初のトーキー映画、五所平之助監督の『マダムと女房』では、東京の郊外住宅に住む、若い奥さん、田中絹代がミシンを踏んで洋服を作っている姿がとらえられている。
 当時は、まだミシンは責重品。洋裁をする主婦はモダンだったことだろう。
 昭和二十六年に公開されたホームドラマ中村登監督の『我が家は楽し』は、東京の世田谷あたりのサラリーマン(笠智衆) 一家の物語。子供が四人もいるから、母親の山田五十鈴は、毎日のようにミシンを踏んで、子供たちの服を作る。
 この時代、既製服を買うのは贅沢で、とりわけ子供の服は、母親が自分で作ることが多かった。そういう時代だったからだろう、昭和二十五年のお年玉年賀はがきの特等の賞品はミシンだった。
 若い女性にとっても、「洋裁」を覚えることは、「手に技術を持つ」大事なことだった。
 昭和三十一年に公開された映画、幸田文原作、成瀬巳喜男監督の『流れる』では、東京柳橋の芸者置屋の娘、高峰秀子が、自分は母親(山田五十鈴)のように、芸者になる自信はないので、「洋裁」で身を立てようと、ミシンを買って勉強をはじめる。
 まだ女性の職業が限られていた時、「洋裁」は数少ない自立の手段になっている。

昭和18年の同志社女子専門学校(後に同志社女子大学)での大西マサエ教授の洋裁の授業風景。同志社女子大学は、新島襄により明治9年に設立された女子塾を前身とし、それまでの専門学校を母体に昭和24年に設置された女子大学で、キリスト教主義を基本に、国際主義、リベラル・アーツを教育理念として定めている。写真提供:同志社女子大学

おしゃれへの思いと自活の道

 社会に出て働きたい。自立志向の強い女性たちのあいだで「洋裁」が人気になり、戦後、洋裁ブームが起きた。
 昭和二十一年一月に再開した東京目黒のドレスメーカー女学院には、千人を超す入学希望者が殺到して大混乱になった。「ドレメ」とう言葉が広まるのはこの頃から。
 やはり昭和二十一年の秋に再開した新宿の文化服装学院でも三千人もの入学者でにぎわった。
 既製服がまだ簡単に手に入らなかった時代、自分の服は自分で作りたいという「おしゃれ」へ の思いがあったろうし、何よりも、戦争で結婚の機会を失った女性や未亡人が、自活の道として洋裁を志したことが大きかっただろう。
 昭和二十八年に公開された木下惠介監督の『日本の悲劇』は、熱海を舞台に、戦後、夫を失くした女性(望月優子)が、女手ひとつで二人の子供を育てる物語。
 娘の桂木洋子は、貧しい家に育ったので、なんとか早く手に職をつけようと、洋裁学校に通い、ミシンを踏む。
 当時の若い女性にとっては、洋裁店で働くこと、いずれは自分の店を持つことはささやかな夢だった。
 石原裕次郎、浅丘ルリ子主演、蔵原惟繕監督の『銀座の恋の物語』(62年) では、浅丘ルリ子が演じるヒロインは、銀座の洋裁店で働いている。昔の言葉でいえば「お針子」。いずれ自分の店を持ちたいと思っている。
 当時の銀座には洋裁店が並んでいた。みゆき通りはとくに多く「お洒落横丁」とか「三丁巴里」と呼ばれたほど。

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