24.07.02 update

特集/彫刻家・舟越桂、55年の森の中へ─遠い目の人物像が問い続けたもの

「スフィンクス」というシリーズでは、そこからさらに進んで人間ですらなくなった。山羊のようなべろんとした耳。肩まで届く長いものもあり、首は顔の幅くらいに太く、骨格はしっかりしている。丸く膨らんだ一対の乳房があるが、下半身にはペニスが生えていたりと、人間と動物、雌と雄の境界を超越した摩訶不思議な生き物である。

《遠い手のスフィンクス》2006年 楠に彩色、大理石、革、鉄 高橋龍太郎コレクション蔵
Photo: 内田芳孝  © Katsura Funakoshi Courtesy of Nishimura Gallery
2000年代に入ると、ドイツ・ロマン派の詩人ノヴァーリスの小説『青い花』の一節から着想した「スフィンクス」のシリーズが登場する。人間を見続ける存在としての「スフィンクス」を題材にした作品を多く残した。

 興味深いのは彼らの眼差しである。焦点が定まっていないのは以前と同じだが、そこには悲しみや諦観が滲みでている。いや、そうではない。そのように感じるのは彼らが裸の状態だからかもしれない。眼の部分を前の作品と見比べたあとに視野を拡げて全体を眺めわたすと、視線に感情が滲みでてくる。服の下に隠されていたものがむき出しにされて眼の表情が変化し、感情の在りかを示すのである。

 舟越が最初に抱いていたのは自分のすぐ横にいるようなふつうの人間をつくりたいという欲求だった。ところが、彫っていくうちにこういうものができあがった。意図してそうしたのでもなければ、こういう展開を期待していたわけでもなかった。無意識の領域に下降した結果として現れでた存在であり、驚いているのは他ならぬ彼自身かもしれないとも思う。

 初期の「ふつうの人間」のほうが好きだという人は多いかもしれない。わかりやすく、親しみやすく、穏やかな印象を与える。だがそこに留まっていたら「ふつうの芸術家」に終わっただろう。後先を省みずに異形の領域に踏み込んだところに、その勇気と想像力こそに、舟越桂が「偉大な芸術家」であるという証があるのだ。

《あの頃のボールをうら返した。》2019年 ⾰、⽷、楠、バネ、⽔彩、鉛筆 67×47×42㎝ Photo: 今井智⼰
舟越は東京造形大学3年の時にクラスメートを誘いラグビー部を作り、多摩美術大学と対戦した。藝大大学院に入ってからもラグビー熱は続き教授にも呆れられたほど。舟越のラグビー愛が伝わる作品だ。

◎参考文献
『森へ行く日 舟越桂作品集 』
『舟越桂 私の中のスフィンクス』
『彫刻家・舟越桂の創作メモ 個人はみな絶滅危惧種という存在』
『言葉の降る森』『今日の作家たち 舟越桂』


おおたけ あきこ
文筆家。東京都生まれ。ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など幅広い分野で執筆する。対談やトークの機会も多い。主な著書に『随時見学可』(みすず書房)、『図鑑少年』(小学館)、『眼の狩人』(ちくま文庫)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『個人美術館への旅』(文春新書)、『旅ではなぜかよく眠り』(新潮社)、『須賀敦子の旅路』(文春文庫)、『ニューヨーク1980』(赤々舎)、『東京凸凹散歩』(亜紀書房)、『いつもだれかが見ている』(亜紀書房)。最新刊は『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)。エッセイと対談のシリーズ「カタリココ文庫」を個人出版している。https://katarikoko.stores.jp


1 2 3 4

映画は死なず

新着記事

  • 2024.07.05
    命がけのレースに挑んだマラソン選手たちの真実に基づ...

    応募〆切:7月23日(火)

  • 2024.07.05
    松尾スズキ伝説の作品がリニューアル! 12年ぶり4...

    東京、京都、福岡

  • 2024.07.05
    市政施行70周年に初回顧展「自然、生命、平和 私た...

    7月20日[土)~9月6日[金)

  • 2024.07.05
    映画を愛するすべての仲間たちへ、今こそエキプ・ド・...

    7月13日[土)~9月29日[(日))

  • 2024.07.04
    芦川いづみが新境地を開いた同名映画もある、哀愁の和...

    日本人歌手として初めてカーネギーホールで公演!

  • 2024.07.03
    気がつけばオバサン気分─萩原 朔美の日々   

    第18回 キジュからの現場報告

  • 2024.07.03
    生田斗真が美しさを武器に天下取りを目論む悪役を演じ...

    福岡、東京、大阪

  • 2024.07.02
    特集/彫刻家・舟越桂、55年の森の中へ─遠い目の人...

    文=大竹昭子

  • 2024.07.02
    一日はホテル内で寛ぎ、翌日は自然に触れる箱根リゾー...

    北原伸紀 「箱根 ゆとわ」支配人

  • 2024.07.01
    国立新美術館「田名網敬一 記憶の冒険」観賞券 

    応募〆切:8月4日(日)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!