25.05.08 update

江戸時代の〝メディア王〟蔦屋重三郎の仕事─消費者の視点で、人々が楽しむもの、面白いものを追い求めた男


➄は蔦重の真骨頂でもある。トラブルに見舞われても、窮地に立っても、それを好機に変えて新しい道を切り拓いていく。そもそも蔦重のように前例のないことをやれば波風は立つ。当然、同業者からの横やりや嫌がらせは多々あるわけで、大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」もその顛末が見どころになっている。そして、蔦重にとって生涯最大の窮地が訪れたのは松平定信による寛政の改革にともない、山東京伝と組んだ洒落本が絶版となり、財産の半分を没収されたときだろう。

▲(左)『歌まくら』(部分)喜多川歌麿画 横大判錦絵折帖 天明8年(1788) 東京・浦上蒼穹堂蔵 前期展示:4/22~5/18(後期は別本を展示)/(中央)「当世踊子揃 鷺娘」喜多川歌麿筆 大判錦絵 寛政5~6年(1793~94)頃 東京国立博物館蔵 前期展示:4/22~5/18/(右)「青楼十二時 続  戌ノ刻」喜多川歌麿筆 大判錦絵 寛政6年(1794)頃 東京国立博物館蔵 前期展示:4/22~5/18

 

 このとき蔦重が打った起死回生の一策が浮世絵の企画・出版だ。それも顔を大胆にクローズアップした美人大首絵である。これを美人絵なら右に出る者がいないと言われた喜多川歌麿が描き、全身図では表現しきれなかった女性の内面まで表現した。さらに、蔦重は無名の絵師・東洲斎写楽に役者の大首絵を描かせた。芸術的なデフォルメと豊かな描線が役者の個性を鮮やかに写し出し、観る者の度肝を抜いた。しかし当時の写楽に対する評価や人気は必ずしも高くはなく、写楽はわずか10カ月で姿を消し、蔦重もその3年後には帰らぬ人となった。写楽が正当に評価されるまでには100年以上の歳月を要した。今ではレンブラント、ベラスケスに並ぶ世界三大肖像画家の一人に挙げられ、写楽の名は浮世絵の代名詞にもなっている。蔦重と写楽の仕事は時代のはるか先を行っていたのである。

▲(左)「大坂新町東ノ扇屋 花扇太夫」栄松斎長喜筆 大判錦絵 寛政(1789~1801)中期頃 東京国立博物館蔵 後期展示:5/20~6/15/(右)「四季美人 雪中美人と下男」栄松斎長喜筆 大判錦絵 寛政4~6年(1792~94)頃 東京国立博物館蔵 前期展示:4/22~5/18



「どうでぇ、世の中にはこんなスゲェ絵があるんだぜ。おもしれぇだろ。俺はおまえさんの喜んだり、びっくりする顔が見たくって、この仕事をやってんだ」

 写楽の独創的な役者絵を見ていると、蔦重の威勢のいい声が聞こえてくるようだ。

▲(左)重要文化財「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」東洲斎写楽筆 大判錦絵 寛政6年(1794)東京国立博物館蔵 前期展示:4/22~5/18/(中央)重要文化財「市川鰕蔵の竹村定之進」東洲斎写楽筆 大判錦絵 寛政6年(1794)東京国立博物館蔵 後期展示:5/20~6/15/(右)重要文化財「二代目瀬川富三郎の大岸蔵人妻やどり木」東洲斎写楽筆 大判錦絵 寛政6年(1794) 東京国立博物館蔵 前期展示:4/22~5/18




米谷紳之介(こめたに しんのすけ)
1957年、愛知県蒲郡市生まれ。立教大学法学部卒業後、新聞社、出版社勤務を経て、1984年、ライター・編集者集団「鉄人ハウス」を主宰。2020年に解散。現在は文筆業を中心に編集業や講師も行なう。守備範囲は映画、スポーツ、人。著書に『小津安二郎 老いの流儀』(4月19日発売・双葉社)、『プロ野球 奇跡の逆転名勝負33』(彩図社)、『銀幕を舞うコトバたち』(本の研究社)他。構成・執筆を務めた書籍は関根潤三『いいかげんがちょうどいい』(ベースボール・マガジン社)、野村克也『短期決戦の勝ち方』(祥伝社)、千葉真一『侍役者道』(双葉社)など30冊に及ぶ。最新刊に『小津安二郎 粋と美学の名言60』(双葉文庫)がある。

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