21.03.29 update

俳優たちの聖地「帝国劇場」

森光子の舞台にみた〝忘年の思想〟

平成12年『ビギン・ザ・ビギン』の森光子
日本演劇史に燦然と輝く森光子の『放浪記』が2000回という前人未到の大記録を達成したのは、平成21年5月の帝劇公演だった

 さて、ごく最近の帝劇での森光子の舞台にもインパクトがあった。
 その一つは、平成二十一年五月の『放浪記』二千回記念公演だ。この時、森光子は満八十九歳。晩年の十三代目片岡仁左衛門がそうだったように、「うまい」「まずい」とか、「動く」「動かない」とか、そんなものはすべて超越して、ただひたむきに林芙美子役を演じる座頭(ざがしら)女優は神々(こうごう)しい女神と映った。カーテンコールは、森光子ただ一人が舞台正面に座って、帝劇を満たした客席の隅々に心が行き届くような、実に丁寧な〝三方拝〞だった。
 もう一つは、平成二十二年一月の『新春 人生革命』で滝沢秀明(タッキー)と共演した森光子だった。その日(一月十三日)の私の日記から引く。
「クレーンの上に設けられた森光子のための女王の座が、舞台の奥からせり出してくる。長い独白(モノローグ)のあと、森のうしろからタッキーが現われると、雰囲気が高揚し、突如フライングが始まる。客席の上を回転する滝沢の白い衣裳が美しい。森光子自叙伝『人生はロングラン』、ジャニー喜多川の作・演出『新春 人生革命』は、なかなか愉しめた。滝沢の運動量にも驚くが、森をエスコートする時の心にくいばかりのやさしさが際立つ。その滝沢に誘われた森光子が米寿とは信じられぬほど生き生きと語り、歌う。主題歌「人生革命」は私のような世代でも理解しやすい歌で浮き立つ」


 この時、私は帝劇という劇場と〝忘年の思想〞を結びつけていた。〝忘年〞とは、あの年末の喧噪だけの〝忘年会〞とは少し違う。老人も若者も年齢を忘れて理解し合うという中国生れのことばだ。理想的な演劇や音楽は老人や若者という世代の壁を取り払い、共に愉しめるものであってほしい。普遍性があるということだ。これぞ〝忘年の思想〞である。帝劇の、この舞台には、たしかな〝忘年〞が活気(いき)づいていたのを忘れない。

帝劇で時代劇の新しい演出が生まれた


 ここで余談を一つ。
 帝劇で大晦日の「日本レコード大賞」の発表をするようになったのは昭和四十四年(一九六九)からだ。これに出場する歌手は、同じく大晦日の「NHK紅白歌合戦」の出場者と、当然のことながらダブル。「紅白」は昭和四十七年までは日劇や東京宝塚劇場だったから、移動に問題はなかったが、昭和四十八年からは渋谷のNHKホールになってしまい、頭の痛い問題だった。
 そこで帝劇からNHKホールまで、首都高速道路を利用して八分で移動する手段が考え出された。衣裳は移動の車中で着替えるのだ。それでやっと「紅白」の入場行進に間に合う。昭和四十九年に森進一が帝劇でレコード大賞となり、NHKホールの「紅白」でもトリをとった。その時、ズボンのファスナーを閉じ忘れて一番を歌うハプニングがあったが、これは帝劇のせいではない。
 森進一といえば、昭和五十四年二月の『近松心中物語』(再演から『近松心中物語 それは恋』)のテーマソング「それは恋」を歌った森進一の歌唱は効果的だった。そして、蜷川幸雄の演出と、平幹二朗と太地喜和子のコンビの名演は素晴らしかった。この話題作は再演、再々演を重ね、更に『元禄港歌』(再演から『元禄港歌 千年の恋の森』)に受け継がれた。新しい時代劇の演出を蜷川と帝国劇場が生み出したといえる。

昭和46年『源氏物語』の長谷川一夫と京マチ子
昭和56年『大文字屋の嫁』には中村勘九郎(当時)、司葉子の他、有馬稲子、岡田嘉子、酒井和歌子も出演
浅丘ルリ子の帝劇初登場は昭和60年蜷川幸雄演出の『にごり江』。平成10年の再演では初演の財津一郎に代わり江守徹が源七を演じた
平成9年『徳川の夫人たち』(戯曲は『近松心中物語』の秋元松代)の山田五十鈴と池内淳子

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