21.03.29 update

俳優たちの聖地「帝国劇場」

夢の世界にいざなう〝ハレ〞の場所

日本ミュージカルの金字塔『レ・ミゼラブル』が帝劇に登場したのは昭和62 年6月。平成23 年4月22日昼の部で2500 回公演を数えた。初演では鹿賀丈史と滝田栄がジャン・バルジャンとジャベールを交互に演じ話題になった
平成12年帝国初登場の『エリザベート』(一路真輝)
『ミス・サイゴン』(平成20年・市村正親)も帝劇の人気ミュージカル

 帝国劇場が明治四十四年に誕生する前は、芝居見物といえば、棧敷も土間も客は座って見るのが当り前で、見物中には弁当も食べ、煙草を吸い、菓子、弁当、寿司の〝かべす〞を友としていた。
 ところが帝国劇場では、椅子席となり、場内での飲食は厳禁というのだから、気の短い東京ッ子は「おいらは帝劇へは行かねえぞ」と、ソッポを向いた。しかし二、三年たつと、「座」から「劇場」へという西欧化の波がまたたく間に広がっていったのである。
「今日は帝劇、明日は三越」というキャッチフレーズは、帝劇も三越も第一級レベルであり、それが大正時代の人たちの虚栄心を痛く刺激した。この出どころについてはいろいろな説があるが、一つだけおもしろい説を紹介しておこう。
 大正七、八年頃に、帝劇女優が演じた益田太郎冠者作のオペレッタの歌の中に「コロッケの唄」というのがあった。その一節に「きょうもコロッケ、明日もコロッケ」という歌詞があり、その「コロッケ」が「帝劇」と「三越」にすり変ったというのである。
 真偽のほどはわからないが、この話を私流に解釈してみると、コロッケは、庶民が安く食べられる日常的な食品である。しかし、これを毎日のように食べていては、決して心が満たされるとは思えない。現実味が優るからだ。誰でも〝夢〞があり、その夢をいつか実現したいと思っている。生活の中に〝ハレ〞と〝ケ〞があるとすれば、〝ケ〞は日常の現実であり、〝ハレ〞は非日常の夢のようなもので、一度でいいからコロッケとは違う夢の世界に遊んでみたいと思うのが人情である。華麗な舞台、豪華な買物、その〝ハレ〞を叶えさせてくれるのが、当時は帝劇であり三越だったのだろう。
 演劇や音楽は、人に夢を与え、豊かな心を育む楽しいものでありたい。今後も、帝国劇場は、その役目を果すため進化し続ける殿堂なのだ。

やまかわ しずお
昭和8年静岡市生まれ。昭和31 年NHK入局、昭和43 年に東京アナウンス室勤務となる。昭和49 年より「紅白歌合戦」白組司会者を9 年連続で務めたのをはじめ、「ひるのプレゼント」「邦楽百選」「ウルトラアイ」など芸能、科学、教養番組などを担当。平成6 年にNHKを退職後はエッセイストとして執筆、講演などで活動。国語審議会委員、NHK用語委員などを歴任し、現在、「三越名人会企画委員、ポーラ文化財団理事を務める。『勘三郎の天気』『名手名言』(日本エッセイストクラブ賞)、『山川静夫の歌舞伎十八番』『私のNHK 物語』『山川静夫芝居随筆』『歌右衛門の60 年』『歌右衛門の疎開』『アナウンサー和田信賢伝』『綱大夫四季』(森繁久彌、森光子主演でNHKでラジオドラマ化され芸術祭優秀賞受賞)、『歌舞伎の愉しみ方』『大向うの人々 歌舞伎座三階人情ばなし』(講談社エッセイ賞)など多数の著書がある。また、橋田壽賀子賞特別賞、前島密賞、徳川夢声賞などの受賞歴がある。

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