一九五二年アメリカの占領が終わり作られた『原爆の子』。新藤の故郷広島の被爆後の現実を描いた。この時、乙羽は原爆乙女など被爆者の座談会に連日でかけた。「乙羽さんは(人間として)随分鍛えられたのでは」という。乙羽は『原爆の子』は「女優の新しい生き方を教えた」と書いている。
乙羽は大映を辞め、新藤のもとに飛び込んでくる。作家として自分達が作りたい映画を作ろうと松竹を離れ仲間と設立した独立プロダクション、近代映画協会に参加した。
〈やせて小柄でどこをどう見ても男っぽさのかけらもないのに妙に大男に見えた〉
乙羽は新藤に仕事を超えた気持を抱くようになる。京都の宿に滞在する新藤を何度も訪ねた。そのとき二人は結ばれる。
〈京都の夜は、最初から最後まで私の方が積極的だった。何も考えないで、ただ突っ走ったようである。その場、その時を一生懸命に生きよう。新藤は終始無言で、ひとこと「いいのですか」と言っただけである〉
しかし、このとき新藤には戦後見合い結婚した妻、美代さんがいた。二人の愛は仕事を通して燃え上がり作品に結実していく。
『縮図』『どぶ』『狼』『第五福竜丸』『裸の島』『人間』『母』『鬼婆』『悪党』
テーマは「社会と人間」から「人間そのもの」へ。そして「性」に変わっていく。二人の不倫がずっと続いたことが大きいと思う。
新藤「精神的に葛藤があった。これで良いのかと思った。(妻の)美代さんを不幸にするとも思った。乙羽さんを(独立プロの)狭いところに引きこんでいくようでもあり、一人の人間として、たくさん悩みがあった。仕事にすがりついてゆくしかなかった」
五里霧中のなかで、自分の裏切りの心を見つめ、あやふやな心を解剖するように映画を撮っていった。辿りついたのは「人間とは何か、人間は愛で結ばれている。愛は性から生まれる。人間の根源を描こうと思った」
美代さんとの離婚が成立した6年後、1978年に乙羽と新藤は正式に結婚した。