22.02.28 update

91歳の相撲記者・杉山邦博の秘蔵アルバム(最終章)

◇白鵬の連勝を阻んだ一番が残したもの

「抑制の美」そのままの相撲を思い出すのは、平成10年11月場所の2日目の横綱白鵬と当時平幕だった稀勢の里の対戦です。時に白鵬は63連勝、双葉山の持つ不滅の69連勝に臨む注目の場所でした。実況すれば……、

「東・白鵬、西・稀勢の里。立ち上がりました! 白鵬右から張って押して出ました。西土俵際に押し込まれた稀勢の里。右から突き落としで回り込み、土俵中央、激しい突っ張りあい。稀勢、左を差し、右上手を取りました。左四つ! 稀勢の里、上手を引き付けて出る。白鵬左内掛けで防ぐ! 稀勢、残して寄る。正面に寄り立てる。左差し手を抜いて白鵬の胸を押す。押し出し! 寄り切り! 稀勢の里の勝ち! 白鵬の連勝が63で止まりました」

写真【第69代横綱・白鵬は、15歳で6人の少年と来日したが、相撲部屋から声もかからず失意のままモンゴルに帰ろうとしていた時、旭鷲山の計らいで宮城野部屋に入門できることになった。鉄砲柱に向かい、すり足をやる一人稽古は入念に丹念に人の何倍もやり続けた。日本語を「涙そうそう」などの歌で覚えた白鵬は、大相撲の歴史なども深く学び、大関昇進の伝達式の口上は「全身全霊」という言葉を使った。平成26年11月場所で大鵬の優勝回数32回に並んだ優勝インタビューでは、「この国の魂と相撲の神様が認めてくれたから、この結果があります」と語り、日本人以上の日本人と言われた白鵬だった。照ノ富士の横綱誕生を見届け令和3年9月30日引退した。】

 白鵬は、正面審判長の右隣にお尻から落ちました。この後の二人が実に立派でした白鵬は口がちょっと開きましたが、すぐ立ち上がる。勝った稀勢の里は、顔を真っ赤にして西土俵に戻り、東の土俵に戻る白鵬を待って二人はきちんとお辞儀をし、稀勢の里は荒い息遣いを抑えながら勝ち名乗りを受けました。敗れた白鵬は太ももをたたくでもなければ、天を仰ぐわけでもなく、何事もなかったように礼をして淡々と引き上げる。稀勢の里もガッツポーズをするわけでもなく顔だけは紅潮させていました。

写真【第72代横綱・稀勢の里は、平成14年3月場所初土俵。平成24年1月場所に新大関。すぐにも横綱と期待されたが大関は27場所にも及んだ。三度の綱とり挑戦で、平成28年3月場所13勝2敗、5月場所13勝2敗といずれも準優勝。平成29年1月場所初優勝を遂げ、横綱に昇進した。14年間途絶えていた日本出身横綱の誕生に期待された稀勢の里だった。3月場所13日目横綱日馬富士戦で左胸付近を抑えながら動けなくなった。14日目と千秋楽を強行出場、本割と優勝決定戦で照ノ富士を破り奇跡の逆転優勝を遂げた。「私の土俵人生において一片の悔いもございません」と涙ながらに支援者への謝辞を繰り返した】

 これは勝者も敗者も実に「抑制の美」を貫いた好勝負で、まさに双葉山の「木鶏の精神」を彼ら二人が土俵で実証してくれたと思いました。私は翌日の読売新聞の朝刊に「両者を讃える」というコメントを残したのです。そうしたところ、稀勢の里の師匠の鳴戸親方(おしん横綱と言われた隆の里)が、

「杉山さん、ありがとうございました。あの新聞を拡大コピーして稀勢の里に渡しました」と言ってくれました。私はそれを思い出すと今でも涙が出てきます。鳴戸親方は土俵の鬼、若乃花の弟子です。その指導を受けた孫弟子のような稀勢の里が、「勝って奢らず」という「抑制の美」を受け継いでいたのです。

 一方、白鵬は私に「木鶏とはどういう意味ですか?(注:前編参照)」と聞いてきました。私はそれに対し、その意味を詳細に記して白鵬に手渡しました。この時の二人はまさに双葉山の精神を見事に受け継ぎ、日本の相撲文化をきちんと伝承してきたと思いました。

1 2 3 4

こちらの記事もどうぞ
映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!