24.08.30 update

第2回 高峰秀子☆ デコちゃんのP.C.L.=東宝時代

今でもスタジオ入口に『七人の侍』と『ゴジラ』の壁画を掲げる東宝。〝明るく楽しいみんなの東宝〟を標榜し、都会的で洗練されたカラーを持つこの映画会社は、プロデューサー・システムによる映画作りを行っていた。スター・システムを採る他社は多くの人気俳優を抱えていたが、東宝にもそれに劣らぬ、個性豊かな役者たちが揃っていた。これにより東宝は、サラリーマン喜劇、文芸作品から時代劇、アクション、戦争もの、怪獣・特撮もの、青春映画に至る様々なジャンルに対応できたのだ。本連載では新たな視点から、東宝のスクリーンを彩ったスタアたちの魅力に迫る。

 2010年に八十六歳で没した高峰秀子。「オールタイムベスト女優」の筆頭に数えられる彼女が、五十年に亘る女優業を引退したのは1979年、五十五歳のときだった。生涯で出演した映画が169本(キネ旬ムックによる)に及ぶのは、なんといっても五歳のときから子役として働いていたことが大きい。

 本連載に‶イの一番の東宝女優〟として登場するのは、1937年、十三歳でP.C.L.(写真化学研究所~ピー・シー・エル映画製作所)に移籍し、少女時代を東宝撮影所で過ごしたことによる。2012年には同所で「偲ぶ会」が開かれ、筆者もスタジオの一隅に設けられた献花台にお参りさせていただいたが、高峰が東宝の専属女優であったのは、わずか十年に過ぎない。

 1947年、東宝争議により派生した新東宝への移籍後、フリーとなった高峰は、古巣の松竹や大映作品に出演を続け、ここに記すまでもない名作、傑作にその名を刻む。それでも、筆者にとっての高峰は、その後も東宝女優のままであり続ける。これは、成瀬巳喜男や稲垣浩などの作品で三船敏郎、小林桂樹、宝田明、加山雄三といった東宝男優と繰り広げた、ウェットかつナーバスな演技が、子供心にも深く刻み込まれたからに他ならない。

 高峰が松竹からP.C.L.へ移る際の条件には、給料が約二倍(100円)になることに加え、撮影所近くの成城に一軒家を用意するという「おまけ」(高峰曰く)が付いていた。養母との深い確執は、自著『わたしの渡世日記』で繰り返し述べられているが、その養母が松竹への恨み(借金を断られた)を晴らす機会ともなった会社移籍にあたっては、「女学校へ通わせてくれるなら」が本人のたっての希望だったそうだ。それだけ、子役としての不自由で辛い生活に別れを告げたかったのであろう。

 自著によれば、この家は撮影所から歩いて10分ほど。十坪の庭付きで六畳二間に八畳、台所と風呂付きの新築借家で、全く同じ形の隣家には成瀬巳喜男監督・千葉早智子夫妻(1937年結婚)が居住していたという。このとき隣同士で過ごしたことが、のちの蜜月関係に繋がったかどうかは分からないが、新興会社のP.C.L.は他にも入江たか子、原節子、林長二郎(のちの長谷川一夫)、高田稔、山田五十鈴などのスタアを他社から引き抜き、その多くを撮影所近くに住まわせている(※1)。

 早速、岸井明により付けられた「デコ」を愛称にして、高峰は『良人の貞操』(37)を皮切りに、P.C.L.(同年9月から東宝映画)作品への出演を開始。十三歳という年齢からして、明るいお嬢さん役が多いのは当然としても、翌38年には早くも運命的な作品と出会う。ブリキ屋の娘だった豊田正子の‶生活記録〟の映画化『綴方教室』である(※2)。

 この作品でジャーナリズムの洗礼(豊田との対照について面白可笑しく書かれた)を受け、世の中を斜めに見る力を身につけたデコちゃん。のちのエッセイストとしての活動は、子役時代にまともに小学校にも通えなかった反動、それとも豊田正子への対抗心からであろうか?

 ヤマカジ先生という演出家をいっぺんに「好きになった」ことで、私生活では〈親代わり〉として、仕事面でも師弟関係を築き、計八本もの山本嘉次郎作品に出演した高峰秀子。東宝時代の十年で28人の監督と仕事をした中、多いのが『昨日消えた男』や『ハナ子さん』のマキノ正博の七本だが、未完成作『アメリカようそろ』を含めれば、山本作品の方が一本多い勘定になる。 その山本監督作品『馬』(41)も、デコちゃんにとっては運命的な作品であった

▲15歳から16歳の間に撮影が行われた『馬』。山形県最上町でのロケを見学したのが、のちのケーシー高峰である(イラスト:Produce any Colour TaIZ/岡本和泉)

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.09.13
    アメリカ合衆国、内戦勃発!再び起こり得る〈南北戦争...

    10月4日(金)全国公開

  • 2024.09.13
    国立西洋美術館「モネ 睡蓮のとき 」観賞券

    応募〆切:10月10日(木)

  • 2024.09.12
    堤真一&瀬戸康史、大東駿介&浅野和之という2組によ...

    公演:東京、大阪、福岡

  • 2024.09.12
    谷村新司、堀内孝雄、元モーニング娘の安倍なつみ、や...

    水越恵子「Too far away」

  • 2024.09.12
    SOMPO美術館「カナレットとヴェネツィアの輝き」...

    応募〆切:10月10日(木)

  • 2024.09.11
    新選組・副隊長の土方歳三をニヒルな風貌と演技で天下...

    土方歳三の雛型を創り上げた栗塚 旭

  • 2024.09.05
    引きこもりの愉しみ─萩原 朔美の日々   

    第22回 キジュからの現場報告

  • 2024.09.05
    尾上松也、瀧内公美、段田安則らが織田作之助の『夫婦...

    東京、愛知、大阪公演

  • 2024.09.05
    今年4月、84歳で逝ったいぶし銀のような名バイプレ...

    佐川満男「今は幸せかい」

  • 2024.09.04
    上村松園の渾身の名作《雪月花》三幅対も公開!皇居三...

    9月10日(火)~10月20日(日)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial