30代ともなると任される仕事も重くなり、家庭を持った人は夫婦は仲睦まじく、子供にも恵まれているかもしれない。そんな幸福な家庭像を思い浮かべるのだが、『ほつれる』で描かれる30代の夫婦は違った。
主人公の綿子を演じるのは門脇麦。その夫・文則には田村健太郎、綿子の友人・英梨を黒木華、綿子の心の支えとなる木村を染谷将太が演じる。
文則と綿子は、結婚何年目なのだろうか。二人の仲は冷めきっており、綿子は英梨の紹介で知り合った木村と頻繁に会うようになる。木村は綿子にとって心の支えになっていったが、木村にも妻がいた。綿子と木村は箱根へ旅行に行き、木村からペアリングをプレゼントされる。車中やグランピング場の寛いだ表情の綿子が印象的だ。手を寄せ合い写真を撮る二人。しかし、都内に帰り二人で食事をした直後に、木村は事故に遭い亡くなってしまうのだ。綿子は動転し混乱するのだが、家には平静を装い帰らなければならない。
「こういう空気のまま、あと何十年も一緒に生活するの、きつくない?」やりなおしていくなら今のタイミングしかないと思う、という文則。家を買って心機一転やり直すことを提案する。一度は了解し、内見に行くことを了承した綿子だが、当日になるとその提案をすっかり忘れてしまい、英梨と亡くなった木村のお墓参りのため、山梨に行ってしまう。
「誰とどこに行ったのか」と執拗に問い質す文則。綿子を疑い、だんだん煩わしい夫になっていくのだが、文則にしてみれば何とかしようという気持ちをわかってくれない綿子にイラつく毎日だ。それでも記念日のプレゼントを交換し、関係も修復されていくかに見えたがそうはいかない。箱根で木村からもらったペアリングを財布に入れたはずが見あたらない。
心の支えとなっていた木村の死を受け入れることができないまま変わらない日常を送りながら、木村との思い出の地をたどる綿子。一人の女性の揺れる心の動きを門脇麦がそのまま綿子になりきっていて、惹きこまれていった。緊迫感を味わいながら上映時間の84分はあっという間だ。
もし綿子と木村が夫婦だったら、幸せな結婚生活を送っていただろうか。そうともいえないのではないだろうか。そう考えてみると人間関係、夫婦関係というのはおもしろいものだ。綿子は文則とやりなおすという選択もあった。人生には誰しも選択しなければならない瞬間が何回かあるものだ。その繰り返しが人生なのだろう。
監督・脚本の加藤拓也は、業界内外で注目された22年公開の『わたし達はおとな』に次ぐ、2本目の映画である。テレビドラマ、舞台でも演出・脚本を多く手掛け、21年NHK「きれいのくに」で第10回市川森一脚本賞を20代で初受賞した。本作は30歳を前にした作品である。
リアリティあふれるセリフを実力派の俳優たちがごく自然に発し、観る者に問いかける、そんな作品だ。
『ほつれる』は、2023年9月8日(金)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:ビターズ・エンド
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