懸賞でもらった棺桶を担いで現れた五人の紳士たち。せっかくの景品を役立てるには、誰かが死んで中に入らねば、いかに本人が死を意識せず、痛みを感じる前に死ぬ方法がないものか……と議論が始まった。そこへショッピングバッグを抱えた女性二人がやってきて……。彼女たちは同じ懸賞の当たりくじ一等の当選者たちだった。その一等の景品とは……。
どこからともなく現れた五人の紳士が、ああでもない、こうでもないと、とりとめのない会話の応酬を始め、そんな不思議な設定から予測不能な展開へと発展する……。日本の不条理劇の礎を築いた劇作家・別役実は、こんな設定から始まる芝居を何作か発表している。本人いわく「なんとなくそうなってしまった」ということだが、大きな影響を受けたベケットの『ゴドーを待ちながら』をモチーフにしていると言われており、「五人の紳士もの」と呼び、「なんとなく」とは言うものの、好んで執筆していたことからも、愛着を持った作品なのだと推測できる。国内外のさまざまな作家たちの作品を意欲的に紹介しているシス・カンパニーは、今回『カラカラ天気と五人の紳士』を取り上げ、初の別役実作品の上演に取り組む。
まず、この別役実の不条理劇を演出するのが加藤拓也だと知り、一挙にこの芝居への興味がわいてきた。加藤拓也とシス・カンパニーとがタッグを組んだ作品には、作・演出の『たむらさん』『いつぞやは』、上演台本と演出を手がけた安部公房作『友達』、翻訳戯曲演出を初めて手がけたルーシー・カークウッドの『ザ・ウェルキン』があり、今回が5作目のタッグとなる。
2022年の舞台『ドードーが落下する』では岸田國士戯曲賞を受賞し、『ザ・ウェルキン』『もはやしずか』で、読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞している。舞台以外でも、その着眼点の斬新さで観る者を「あっ」と言わせた2021年のNHKドラマ「きれいのくに」の脚本では、20代の脚本家としては初となる市川森一脚本賞を受賞し、脚本・監督を手がけた日仏合作映画『ほつれる』では、ナント三大陸映画祭で、DISTRIBUTION SUPPORT AWARDに輝いた。
加藤拓也は17歳でラジオ・テレビの構成作家として活動を開始、18歳でイタリアに渡り映像制作に携わり、帰国後に20歳で「劇団た組」を立ち上げている。現在、〝次世代を担う若き才能〟と謳われ、演劇界、映像分野の両方から注目されている。昨年は、日本映画専門チャンネルで加藤拓也作・演出の舞台作品が特集放送され、加藤の実像に迫るオリジナル番組まで製作・放送された。加藤との仕事をと、その独特の感性に魅せられている俳優たちも少なくない。
今回の出演俳優たちも恐らく、加藤の演出に期待を寄せる俳優たちではないだろうか。五人の紳士たちには、堤真一、藤井隆、溝端淳平、野間口徹、小手伸也といずれも舞台、映像で活躍中の、今更紹介するまでもない魅力にあふれた布陣で、五人の会話の応酬は、劇場をわかせるだろう。また、二人の女性には劇団☆新感線から高田聖子、中谷さとみが登場。五人の紳士たちとの化学反応にワクワクさせられることだろう。
また、4月16日からは加藤が監督・脚本を務めるテレビドラマ「滅相も無い」が始まる。堤真一、中川大志、染谷将太、上白石萌歌、窪田正孝ら出演者たちからは、加藤拓也の世界に参加できる喜びのコメントが寄せられている。加藤によれば、「演劇をやれば映像的だ、映画をやれば演劇的だと言われることに嫌気がさし、今回はどちらの手法をも持ち込み、そのどちらでもないドラマを作りました」ということだ。
まだ、加藤拓也という才能に触れていない人には、今回の舞台は絶好の機会。演出家・加藤と俳優たちとの対峙も含めて見逃すことはできない。舞台を観てから、ドラマを観れば、加藤拓也のコメントに頷くことができるかもしれない。