1941年、ポーランド・ワルシャワのゲットー(ユダヤ人居住区)。ナチスによる銃撃によって恋人と家族を目の前で失ったフィリップは、2年後、ポーランド系ユダヤ人という出自を隠しながら、こともあろうにナチス政権下のメッカともいえるフランクフルトで生き抜いていた。街中に鉤十字の旗が張り巡らされ、ナチス兵士や将校が目を光らせている中で、フィリップは、戦場に繰り出していったナチス将校たちの銃後の守りをするはずの上流夫人が暇を持て余す場所と化していた高級ホテルのレストランのウェイターとして憚ることはなかった。狙いはただひたすらナチスへの〝復讐〟。
孤独な将校夫人たちは、フランス人と偽るフィリップの肉体を貪り官能的なひと時を過ごすことで孤閨を慰めていた。だが、フィリップは愛欲に溺れた彼女らを冷淡に捨て去り辱めることで、さらに復讐心をたぎらせ嘘で塗り固めた抵抗(レジスタンス)をつづける。そんな日々、ホテルのプールサイドで出会ったドイツ人の未婚女性リザに惹かれる。知的で美しいリザには肉体的な交渉を控えるほど愛に目覚めていく。だが、ナチスによる同僚の銃殺を再び目前にしたとき、フィリップは愛に生きることを自ら破壊し、精神の自由を求めて次の行動に移していくことを決意するのだった…。
ナチス政権下、男女の親密な関係を許されるには基準があった。人種である。「ドイツ人民族の純潔を守る」ために、ユダヤ人はもとより外国人(非アーリア人種)との関係は禁止されたのである。そんな法令の下で世を忍び快楽を求めるドイツ人女性は後を絶たず、発覚すれば厳しく罰せられた。一方で外国人流入者がドイツ人女性にみだりに接近し密会したりすれば、有無を言わさず死刑が科された戦時下、フィリップのレジスタンスがいかにきわどいものだったか。本作はポーランドの作家、レオポルド・ティルマンド(1920―1985)の自伝的小説をもとに描かれたが、ポーランド当局の検閲後、大幅に削除されたものが1961年出版されたものの、すぐに発行禁止処分。発行禁止は長くつづき2022年に改めてオリジナル版が出版されている。作家自身が1942年にフランクフルトに滞在した実体験に基づいているが、監督のミハウ・クフィェチンスキは、小説からすくい取った事実の数々から導き出した〝孤独な魂の解放〟を、実に発禁処分後60年を経て、映画化した。
フィリップ(エリック・クルム・ジュニア)は端正な顔立ちにニヒルな笑みを湛え、逞しく鍛えられた美しい肉体の持ち主。ドイツ人女性を夢中にさせるに十分なキャラクターだ。端的にいえば〝美しい男〟で、ミハウ・クフィェチンスキ監督はこの男こそ唯一の主役だった、という。
これは戦争映画ではない。恋愛映画でもなく、現代のウクライナやシリアのような戦時下に、あえて問うべき自由へのレジスタンスであり、生き抜く精神の力を与えてくれる映画といえよう。
『フィリップ』
6月21日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国公開
配給:彩プロ
(C)TELEWIZJA POLSKA S.A. AKSON STUDIO SP.Z.O.O. 2022
映画公式HP : https://filip.ayapro.ne.jp/