カンヌ、チューリッヒ、バンクーバーほか世界の映画祭に出品され話題の『山逢いのホテルで』を観た。スイスの壮麗な山々と巨大なダムの湖畔のホテルというシチュエーションはやはり大きなスクリーンで楽しむほうがいい。
スイスの山間の町で、古くから付き合いのある友だちや知り合いの服を仕立てて生計を立てているクローディーヌ(ジャンヌ・バリバール)の愉しみ(?)は、火曜日になると白いワンピースに着替え、高原に向かう電車に乗ってダムの畔のホテルを訪ねることだ。電車に揺られながら何を思うのか、何を想像するのか、今日一日の出会いとアバンチュールの幸せを祈っているのか。ホテルのレストランに着くと、男性客の物色が始まる。顔なじみのボーイは心得ていて、短期の滞在客を耳元で伝える。クロディーヌは件の客のテーブルに着き話しかける。「どこから来たのか」「貴方の住んでいる街の様子は」と問いかける。
クローディーヌには生まれつき障がいのある息子、バティスト(ピエール=アントワーヌ・デュベ)がいて、男たちから得た海外の街の情報を、父親からの手紙として読み聞かせてきた。息子には海外で仕事に励む父親がいることになっている。やがて「貴方の部屋に行かない?」と彼女は誘う。
熟年と言うべきか、初老と言うべきか、クローディーヌの性愛への欲求は長年孤閨を保ってきたからなのだろうか。しかし欲求不満というべき女ではない。もっと優雅に静かに快楽を求めている。街に立ったりホテルに屯したりするコールガールの卑しさなど微塵もない。アバンチュールを愉しんでも溺れず、行為を引きずることがない。障がいのある息子を日々甲斐甲斐しく世話をしながら仕立ての仕事に励む母であることが、彼女の心と身体のバランスを保っているようにもみえる。しかしある日、今までの旅人とは違う男と出逢い、誘われ、激しく動揺するクローディーヌは、人生の選択を迫られる…。
本作でクローディーヌ扮するジャンヌ・バリバールは、熟年シングルマザーの孤独の影を漂わせながら息子に無償の愛を捧げる母親の優しさを湛え、ミシンを踏む仕立て屋としての仕事に対する隙のない表情を見せ、情熱的な恋に向かう女性の可憐さまで表現しきったといえよう。フランスの名優の名優たるゆえんであり、彼女の眼差しや声音まで様々な表情を観ながら、バリバールの存在そのものが本作の見どころなのだろうと確信した。
いかにも大人の女と男のラブストーリーではあるけれど、観終わった後、残された時間が少なくなってゆく人間の最後の選択を求められ、「どう生きるべきか」と刃を胸先に突きつけられたような気がした。
『山逢いのホテルで』
11月29日(金)よりシネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
© GoldenEggProduction | Paraíso Production | Fox the Fox 2023
配給:ミモザフィルムズ
【公式サイト】https://mimosafilms.com/letmego/