ギリシャの新鋭監督・クリストス・ニクのデビュー作『林檎とポラロイド』が3月11日(金)より ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国ロードショーとなる。(配給:ビターズエンド)
バスの中で目覚めた男は、記憶を失っていた。記憶喪失を引き起こす奇病が蔓延する世界で、記憶を失った男が覚えていたのは、リンゴが好きなことだけだった。
古い記憶を取り戻すことは諦めて、新たな経験と記憶を重ねて、一から人生を築きなおすように医師から提案された男は、治療のための回復プログラム「新しい自分」に参加する。毎日リンゴを食べ、送られてくるカセットテープに入ったミッションをこなしていく。自転車に乗る。仮装パーティーで友達をつくる。酒を飲み、踊っている女を探す。ホラー映画を観る。そして新たな経験をポラロイドに記憶する。 新しい思い出を作るためのミッションにより、男の過去は徐々に紐解かれていくのである。
「死期の近い人と一緒に過ごし、亡くなったら葬儀に参列する」というミッションが最後に送られてくる。男は病院で余命わずかな寝たきりの老人に出会い、甘いものが食べたいという老人に、焼き菓子をもって来る約束をする。翌日病院に行くと、老人のいたベッドには白いシーツがかけられ、男は老人の葬儀を見守る。
その夜、届いたカセットテープを再生すると、「誰かに苦痛を与えている人物を探せ、それから……」そこまで聞いて、カセットを止め、家を出た男の向かった先は……。
クリストス・ニク監督は、『林檎とポラロイド』は寓話的なコメディドラマだという。「記憶喪失を引き起こす奇病が蔓延する世界」というのは、テクノロジーやソーシャルメディアに支配され、自分たちの脳を怠けものにして、少ない出来事や感情しか思い出せなくなっている現代の私たちへの警告のかもしれない。
終始物憂げな表情の男に引き込まれ、ポラロイドカメラ、テープレコーダーが非常に懐かしく思えた。独創的でありながら、ノスタルジックな雰囲気も漂い、余韻の残る作品である。
クリストス・ニク監督は、早くもハリウッドデビューが決まったという。