25.04.18 update

世界のホームラン王・王貞治の生誕の地「八広」を行けば、変貌著しい東京が見えてくる


「洋食50BAN」のマスターは王さんの従兄弟

 
 八広駅に途中下車してみたいと思ったのは、世界のホームラン王・王貞治さんゆかりの地こそ、墨田区八広であることを知ったからである。八広駅から「八広はなみずき通り」に出てをまっすぐ東へ進むと3分くらいで到着したのが「洋食50 BAN」。そこはまさに王さんの生誕の地で、ご両親の王仕福さん、登美さんが始めた中華料理店「中華五十番」のあった場所。王さんが5、6歳の時、一家は現在のスカイツリーの近く「業平」に移転していったが、八広の店は王さんの母、登美さんの弟夫妻が「中華五十番」を引き継ぐことになった。現在は王さんの従兄弟にあたる、川口俊幸さんがマスターとなり、昭和44年から洋食のお店「洋食50 BAN」に業態をかえたという。「この場所のことは、貞治さんは憶えていないと言っていましたよ」とはいえ、昭和22年にこの地に生まれ育った川口さんは、7歳上の王さんと「八広」の今昔物語を思い出してもらいながら、ご自身のことや王さん一家のことも語っていただいた。

 
 昭和の時代は、荒川駅前(八広駅)は70店ほどのお店が軒を連ねる商店街だったという。主婦たちが買い物かご片手に、豆腐屋、魚屋、味噌屋、乾物屋などの商店街に連れ立つような下町風景だったが、30年前くらいから、コンビニやスーパーができると、個人商店の小さなお店が一斉に店仕舞いして、街の雰囲気が変わっていったという。

 かつての商店街に連なっていた「洋食50 BAN」も道路拡張によってセットバックしてしまい、以前は4、50人ほどが入る店で宴会もできるほどの広さだったが、今では1階は厨房とカウンター席、テーブル席が6つほどに縮小されて3階建てのビルになった。王さんのご両親から譲り受けた当時の「中華五十番」はとても繁盛し、川口さんも小さい頃からお店を手伝った。王さんの後を追うように野球に没頭したが、高校時代はラグビーに転向した。スポーツに打ち込むばかりで、お店を継ぐということは露ほども思っていなかったという。父が50代で亡くなり一時閉店したが、喫茶店を始めた母の手伝いをするうちに、はじめはカレーとサンドイッチの注文に応えていたが、常連客からチャーハンなどいろいろと頼まれるようになった。やがて川口さんは独自で料理を勉強しながら洋食のレパートリーを増やしていったという。チャーハン、ドライカレー、ポークライス、シーフードライス、かつ丼、海老丼、スペシャルカツサンド、海老サンドなどメニューも豊富だ。


▲ランチメニューは3種類。ボリュームのあるハンバーグとチキンカツのセットいただく。お味噌汁、食べきれないほどのライス付きで1000円(税込)。ランチは常連さんがひっきりなしに訪れ、回転もはやい。店内には王さんの三冠王受賞記念のサイン入りパネルが掲げられている。



「洋食50BAN」の分厚いカツサンドが人気で王さんも大好物だったとか。一時期東京ドームで「カツサンド」を販売していたこともあったが、「設備に投資して9年間続けたがあまり儲からなかった」とは川口さん。失敗談も面白可笑しく話してくれる川口さんの話を聞いていると、自然と笑みがこぼれてしまう。おいしい「洋食50BAN」の秘密は、揚げ物に使う「油」にあるという。オランダ産の最高級ラード・カメリアでじっくり揚げているそうだ。ランチにいただいた、ヒレカツもチキンカツも衣が薄めであっさり仕上がっていた。

 王さんは墨田区方面に用事があると、「としちゃん、今から行くから」と今でもお店に立ち寄るそうだ。早稲田実業の高校生のころから、王さんは手の届かないスターになってしまったが、「洋食50BAN」を訪ねてくるときはリラックスして、「いつも7歳上のお兄ちゃんに戻っていた」と川口さんは嬉しそうに語る。

 以前の「八広駅」西側に隣接するようにあった石鹸工場は、倍賞千恵子主演、山田洋次監督の『下町の太陽』のロケ地になっている。また小津安二郎監督の『東京物語』の冒頭のシーンに映り込んでいる駅舎は、当時の荒川駅だったという。東京の下町の工業地帯を代表するような光景だったのだろう。近くには日活向島撮影所があったが、後に久保田鉄工隅田川工場に変わり、現在ではマンションが建っている。かつては硝子工場なども多かったが、時の経過とともに工場がマンションに変わっていき、移り住んでくる住民も変わってきているようだ。

 変貌著しい東京の下町の一角には、慶長の時代(1600年代)に分霊したと伝えられ、地元の人から「こんにゃく稲荷」として親しまれている三輪里稲荷神社があると教えられ、お参りをして王さん一家が移り住んだ業平方面に足を進めた。この日は何と2万歩も歩き、心地よい疲れで熟睡。健康にもよい下町さんぽであった。

▲三輪里稲荷神社は、 2月初旬の初午の日に湯殿山秘法のこんにゃくの護符を授けることから、「こんにゃく稲荷」とも呼ばれている。のどや風邪に効くとの謂れがある。自転車を降りて脱帽し拝礼する男性をみかける。きっと地元の氏神様として親しまれているのだろう。押上方面に歩きながら、おもしろいオブジェを見つけた。このあたりも道路の拡張工事が進んでいる地域である。

洋食50BAN
[住]東京都墨田区八広4-25-5
[問]03-3617-0428
[営] 11:30~14:00(L.O.13:30)(昼) 17:30~21:00(L.O. 20:30)
[休] 月曜、第2、第4日曜日 
[問]03-3617-0428
(営業時間・定休日は変更となる場合があるので、来店前に店舗にご確認ください)



1 2

新着記事

  • 2025.12.05
    第31回【私を映画に連れてって!】野田秀樹、鴻上尚...

    文=河井真也

  • 2025.12.04
    日本男子バレーのスタープレーヤー、石川祐希選手の活...

    石川祐希選手の睡眠の秘密

  • 2025.12.04
    森美術館が凄いことになっている!現代アートの21組...

    12月3日~3月29日

  • 2025.12.02
    一見の価値あり、スイス人写真家が撮った占領下の日本...

    12月5日~3月3日

  • 2025.12.01
    【コモレバWEBマガジン・読者参加イベント】『私を...

    2026年1月23日(金)

  • 2025.12.01
    第38回【キジュを超えて】今、会いたい人─萩原 朔...

    文=萩原朔美

  • 2025.11.28
    今年の冬の思い出づくりは「箱根で過ごす」、いつもよ...

    冬の箱根のお楽しみ

  • 2025.11.28
    世界の玄関というべき「成田空港の京成」と「羽田空港...

    12月1日~3月1日

  • 2025.11.28
    第17回『東宝映画スタア☆パレード』岡田茉莉子&有...

    文=高田雅彦

  • 2025.11.27
    岩下志麻、周防正行、草刈民代、是枝裕和ら豪華ゲスト...

    12月14日、15日

映画は死なず

特集 special feature  »

<特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三屋清左衛門残日録」~時代劇にはまだまだ未来がある~

特集 <特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が...

藤沢周平原作時代劇「三屋清左衛門残目録」の章

松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松宗雄が語る誕生秘話〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

特集 松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松...

〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!