23.10.31 update

時には街の名コンサートホールで耳を澄ませたい

台東区立旧東京音楽学校奏楽堂にて

重要文化財となった日本最古のホール

 上野公園の奥深くに建つ「台東区立旧東京音楽学校奏楽堂」は、1890(明治23 )年に完成した日本最古の音楽ホール。藝大構内から明治村への移転が予定されたが、建築学会、芥川也寸志や黛敏郎をはじめとする音楽家、作家・森まゆみ氏ら市民グループの反対で現役保存となり、1987年、今の場所に移転整備され国の重要文化財となった。前を通るたびに、いつかはここで演奏を聴いてみたいと思っていたのを今日、実行しよう。

 下見板張り木造総二階。屋根は瓦葺き。左右対称中央の角柱張り出し玄関の上はバルコニーで、優雅な手摺りがまわる。屋根正面上には西洋の三角破風ペディメントがクラシカルな唐草を浮き出して、威厳と美しさをそなえた堂々たる建物だ。玄関脇には当校卒業生・瀧廉太郎の像が建つ。日曜の夕刻に窓から漏れる明かりは、明治の舞踏会の音楽が聞こえてくるようだ。
 ここは連日小規模なコンサートが開かれて入場料も安く、日曜は入館料300円でパイプオルガン演奏も聴ける。今日の「オーケストラ・ノット特別演奏会」はなんと無料だ。
 オーケストラ・ノットは髙橋勝利氏の主宰するアマチュアオーケストラで、コンサートを積極的に続け、今日は九州交響楽団共演のため来日中の、ベルリン国立歌劇場オーケストラ首席クラリネット奏者、マティアス・グランダーを迎え、モーツァルト「クラリネット協奏曲」とブラームス「交響曲1番」の豪華プログラムだ。
 ホール310席は総木造。壁は藁やおがくずを詰め、天井は中央をかまぼこ型に高く抜いたヴォールト天井で音響を吸収し、シャンデリアが下る。本来は音楽学校の演奏ステージ付き階段教室で、ハの字に並ぶ学生席の最上段は天井ぎりぎりだ。天井隅を角丸に一周する通風口は唐草風に透かし、支える三角腕木の透かし彫りや厚いドレープのカーテンボックスなどの優雅な仕上げは、日本最初の洋楽ホールを設計する誇りがみえる。正面に威厳をもつパイプオルガンを聴いてみたい。ほぼ満員の席は耳の肥えていそうな音楽好き中高年に加え、楽器ケースを持った学生も多く、華やかさのない授業のような、ただ演奏を聴くだけの雰囲気がいい。

名演奏に満たされ、帰り道はゆっくりと

オーケストラ・ノットのゲネプロ風景より

 ステージではすでに奏者たちが黒の演奏服で思い思いに音の調整を続けている。音大生らしきにまじり高齢の男性もいて、本番の緊張よりはここで演奏できる喜びが大きいようだ。コンサートマスターが音調を整え終わると、左手から、24歳、藝大音楽学部指揮科4年生が入場。次いでクラリネットを手にしたマティアス・グランダーが拍手で登場。彼の目の合図で指揮棒が上がった。クラリネット協奏曲こそはモーツアルトで一番好きな曲だ。
 音がいい! 透明でやわらかく、残響のキレが良く、楽器ひとつひとつがクリア。クラリネットソロの消え行く微小音も最後まで聞き取れる。わりあい色んなホールに行っているがこれほど澄んだ深みは初めてだ。中規模ホールの良さでもあり、ここでマーラーの大曲は合わないだろう。知り尽くした曲を最適の音の生演奏で聴くぜいたくよ。次のブラームスは管楽器が増えグランダー氏もその列に加わり、ステージはいっぱいになった。あまり大音響にせず、ホールに合わせて小さな音を大切にした演奏は、多用される弦のピチカートがくっきりと聞こえ、ドラマチックで知られる交響曲がこんな繊細さを持っていたか。
 満足して、暗い上野公園を駅までゆっくり歩いた。コンサートは帰り道が大切とここでも思う。
 さらに思った。巨匠の大コンサートもよいけれど、こうして毎週のように聴きに行くのも本当の音楽好きかもしれない。そうして音楽は深まってゆくかもしれない。コンサートを身近にするのはとても豊かなことだと。

1 2 3

新着記事

  • 2026.01.29
    第19回『東宝映画スタア☆パレード』三國連太郎 ひ...

    文=高田雅彦

  • 2026.01.29
    第69回【萩原朔美 スマホ散歩】風の日の記憶

    強く冷たい風を撮る

  • 2026.01.29
    松岡美術館「笑い滴る 春と夏の日本画名品選」観賞券

    応募〆切:2月27日(金)

  • 2026.01.29
    大ヒットドラマが映画『五十年目の俺たちの旅』となっ...

    中村雅俊「俺たちの旅」

  • 2026.01.27
    徳川慶喜、渋沢栄一ほか多くの歴史人を訪ねる谷中散歩...

    谷中さんぽを楽しむ

  • 2026.01.27
    【お出かけ情報】小田急多摩センター駅が新たにサンリ...

    小田急多摩センター駅がリニューアル

  • 2026.01.26
    12年ぶりの共演となる当世を代表する俳優、藤山直美...

    2月5日(木)~24日(火)

  • 2026.01.26
    【箱根びと訪問】伝統と格式を守りながらイノベーショ...

    小田急山のホテル 小山哲史支配人

  • 2026.01.22
    【お出かけ情報】いちご狩り体験がいよいよシーズン!...

    京成沿線いちご狩り

  • 2026.01.22
    「とんでとんで」「まわってまわって」と日本中に広ま...

    円広志「夢想花」

映画は死なず

特集 special feature  »

<特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三屋清左衛門残日録」~時代劇にはまだまだ未来がある~

特集 <特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が...

藤沢周平原作時代劇「三屋清左衛門残目録」の章

松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松宗雄が語る誕生秘話〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

特集 松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松...

〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!