25.11.07 update

共演した眞栄田郷敦もリスペクトする舘ひろしの存在感は、渡哲也のDNAを受け継いでいると確信させた、映画『港のひかり』

 本編の撮影は、石川県の輪島。2024年元旦の能登半島地震の直前のことだった。被害の大きかった地域だけにかつての風情を映像に収められた貴重な映画となった。

 舞台は、日本海を臨む小さな漁村。孤独な漁師・三浦諒一(舘ひろし)の背中にはくすんだ刺青があって、隠しようもない過去を背負っている。ある日、白い杖をついて危なげに歩く少年・幸太(尾上眞秀)を見かける。弱視の幸太を同級生たちはイジメて笑い者にする。交通事故で両親を亡くし同時に視力を失った幸太は、荒んだ生活の叔母(MEGUMI)に預けられ同棲する荒くれ男(赤堀雅秋)に暴力を振るわれる日々を送っていた。行き場のない孤独な少年を見るに見かねて、三浦は自分の漁船に誘うことから二人の交流が始まる。幸太は三浦が元ヤクザだとは思えない男の優しさを感じ取り、三浦もまた幸太が純粋に一人の人間として接してくれることで救われていた。年齢差を超えて友情が芽生えた。

 
 三浦には「親父」と呼ぶ先代組長の河村(宇崎竜童)というリスペクトする存在がいた。「強さってのはな、誰かのために生きられるかってことだ」という親父の言葉が忘れられない。三浦の人生の指針とも言えた。

 「海が見たい」という幸太の視力を回復させるためには高額な費用がかかる。三浦は以前舎弟だった大塚(ピエール瀧)を動かしてヤクザの資金を奪い幸太の手術代を捻出する。手術は成功し、幸太の目に光が戻ったが、幸太には何も告げずに三浦は自首して12年の刑に服していた。12年後に出所した時には、幸太(眞栄田郷敦)は成長しマル暴担当の刑事になっていた。出所した三浦は、75歳。幸太から避けるように暮らしていたが、河村組組長に成りあがった石崎(椎名桔平)の悪行を取り締まる幸太と対峙することになり、三浦は再び拳銃を手にする…。

 
 それにしても豪華なキャスティングが実現したものである。上記以外にも、石崎の子分で血の気の多い八代に(斎藤工)、刑事となった幸太の上司にあたる警察官の大黒は(一ノ瀬ワタル)、幸太が養護施設で出会った恋人あやに(黒島結菜)、三浦を見守る民宿の主人・荒川(笹野高史)、警察OBでマル暴の刑事・田辺には(市村正親)…これだけの芝居上手の面々が集結した。

 
 本作は、2022年亡くなったスターサンズの故・河村光庸プロデューサーが遺した最後の企画だった。河村はチャールズ・チャップリンの『街の灯』を発想のベースにして想を練っていたという。河村と舘ひろし、本作監督の藤田道人は『ヤクザと家族The Family』(21)ですでに縁を結んでいて、撮影は木村大作、あの『鉄道員』という名作を手がけた巨匠といえばお分かりだろう。本作を作り上げるまで、舘ひろし、藤井監督、河村プロデューサーは3年間議論を重ねながら脚本という形になった。根幹には、「人の強さとはなにか」、「誰かのために生きるとはどういうことか」…重いテーマではあるが、チャップリンの『街の灯』の盲目の花売り娘と浮浪者が、紆余曲折あっても最後に抱き合うシーンが浮かんでくる。さらに勝手を言わせてもらえれば、舘ひろしの無口で不器用な漁師の名演を観ながら、レイモンド・チャンドラーの名言「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」が口を衝いていた。舘ひろしには石原裕次郎、渡哲也らのDNAが明らかに備わっていた。



『港のひかり』
2025年11月14日(金)全国公開
監督・脚本:藤井道人
企画:河村光庸
撮影:木村大作 美術:原田満生 音楽:岩代太郎
出演:舘ひろし 眞栄田郷敦 尾上眞秀 黒島結菜 斎藤工 ピエール瀧 一ノ瀬ワタル MEGUMI 赤堀雅秋 市村正親 宇崎竜童 笹野高史 椎名桔平
配給:東映 スターサンズ  
©2025「港のひかり」製作委員会



新着記事

  • 2025.12.15
    2016年の韓国の造船業界を舞台にした、『ただ、や...

    応募〆切:1月12日

  • 2025.12.15
    NHK紅白に欠かせなかった数々の楽曲— 特集:作詞...

    文=米谷紳之介

  • 2025.12.15
    アンフォルメルの熱い抽象の全貌が明かされる「大西茂...

    応募〆切:1月25日(日)

  • 2025.12.15
    泉屋博古館東京 特別展「生誕151年からの鹿子木...

    応募〆切:1月12日

  • 2025.12.12
    文豪・森鴎外の子どもたちが語る文学者でも陸軍軍医で...

    1月18日~3月31日

  • 2025.12.12
    【冬のお出かけ情報】いつもより長い正月休暇の後半は...

    1月3日~1月12日

  • 2025.12.12
    特別寄稿 役者を生きるために生まれてきた男の12...

    12月13日、93歳の誕生日

  • 2025.12.12
    寺島しのぶ・常盤貴子共演、知的障がいを持つ母と健常...

    応募〆切:12月25日(木)

  • 2025.12.11
    TBS日曜劇場『ノーサイド・ゲーム』で熱演の俳優・...

    高橋光臣、ラグビー人気に一役!

  • 2025.12.11
    1960年代チェコスロバキアの民主化運動「プラハの...

    12月12日(金)全国公開

映画は死なず

特集 special feature  »

<特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三屋清左衛門残日録」~時代劇にはまだまだ未来がある~

特集 <特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が...

藤沢周平原作時代劇「三屋清左衛門残目録」の章

松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松宗雄が語る誕生秘話〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

特集 松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松...

〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!