冒頭から、観る者をスクリーンに惹きつけて心を浮き立たせてくれる。3時間超の長尺な作品だが、圧倒的な映像力とスピーディな予想できない展開が、観る者の感性を揺さぶり続けてくれる。そう、本作は感性で楽しむ映画だろう。そして、エンドマークが出た後に、ある種のセンチメンタルな気持を抱きながら、映画とは何だろうと、自身に問わずにはいられなくなる。
物語の舞台は1920年代のハリウッド黎明期。連日のように映画業界のゴージャスで、クレイジーな、そして悪趣味なパーティが開かれている。パーティの主役はサイレント映画の大スター、ジャック(ブラッド・ピット)。招待状もなくパーティに潜り込もうとする大スターを夢見る新人女優ネリー(マーゴット・ロビー)と、映画製作を夢見る青年マニー(ディエゴ・カルバ)は、やはりパーティで運命的な出会いをし、同志のように心を通わせることになる。恐れ知らずで大胆なネリーは、その狂乱のパーティで最も目立つ存在となりスターへの道を駆け上がることになる。マニーもまた、ジャックの声がけで夢の世界へと足を踏み出していく。だが、ハリウッドはサイレントから、トーキー、つまりサウンド・ピクチャー(発声映画)へと新しいテクノロジーの革新の時代へと移行することになる。新しい技術の導入は、チャンスに恵まれもするが、古い手法と衝突をし、無謀に走ったり、居場所を無くしている人々もいる。3人もまた、その世界に飲み込まれていく。
本年のゴールデン・グローブ賞のミュージカル、コメディ部門では、作品賞、主演男優賞(ディエゴ・カルバ)、主演女優賞(マーゴット・ロビー)、助演男優賞(ブラッド・ピット)がノミネートされ、『ラ・ラ・ランド』をはじめ、すべてのデイミアン・チャゼル監督作品の音楽を手がけているジャスティン・ハーウィッツは最優秀作曲賞を受賞し、アカデミー賞の作曲賞にもノミネートされている。
ブラッド・ピットとマーゴット・ロビーの共演ということで思い出すのが、レオナード・ディカプリオも共演したクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。女優シャロン・テート殺害事件を背景に、こちらもハリウッド映画界を描いた2020年の映画で、マーゴット・ロビーがシャロン・テートを演じ、ブラッド・ピットはアカデミー賞助演男優賞に輝き、プロデユーサーとしては受賞歴があるが、俳優としては初めてオスカーを獲得した作品だった。
それにしても、撮影のインフラも何もない野原で、助監督が罵声を浴びせ、製作アシスタントが奔走し、狂っているとしか思えないほど暴走が許される自由で、無秩序な熱狂のサイレント映画の撮影現場は、まさにスペクタクルであり、映画人たちのエネルギーが爆発する迫力満点の映像である。そして、サイレントからトーキーへの技術革新と映画愛にあふれた夢想家によって、何もない砂漠の田舎町が、後の映画の都・ハリウッドへと変貌を遂げることに、深い感慨が心に満ちてくる。だが、そこには、栄光だけでなく、悲劇も生まれていたことを本作で思い知らされる。映画に生きた登場人物たちが愛おしく思える。
サイレントからトーキーへと移行する時代のハリウッドの状況は、ミュージカル映画の名作『雨に唄えば』を挿入して見せる。27年にアメリカで公開されたアル・ジョルソン主演の『ジャズ・シンガー』の映像も懐かしく、『ラ・ラ・ランド』を監督したデイミアン・チャゼルならではの仕事と感じさせてくれる。
ブラッド・ピット演じるジャックは、映画のセットは〝世界で最も魔法に満ちた場所〟だと言う。だが、トーキーの大波にさらわれ消え去る老兵ジャックにとって、その言葉は過去のものになったのかと思うと切ない。ただ、ジーン・スマート演じるゴシップ・コラムニストは、「後の人々が倉庫から古い映画を出して観るとき、そこに永遠に天使や悪霊たちと共にジャックは生き続ける」と言う。そう、時代が流れても、映画スターたちは人々の心の中で、永遠に生き続けているのだ。時が流れた52年のラストシーンには、この映画の作り手たちの映画への愛と情熱があふれている。観終わったとき、映画は、何でもあり、自由なのだというメッセージが、しみじみと伝わってきた。劇場でこそ、観るべき映画である。
2月10日(金)全国ロードショー
監督・脚本:デイミアン・チャゼル 作曲:ジャスティン・ハーウィッツ
出演:ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、ディエゴ・カルバ、ジーン・スマート、ジョヴァン・アデポ、リー・ジュン・リー、P・Jバーン、ルーカス・ハース、オリヴィア・ハミルトン、トビー・マグワイア、マックス・ミンゲラ、ローリー・スコーヴェル、キャサリン・ウォーターストン、フリー、ジェフ・ガーリン、エリック・ロバーツ、イーサン・サプリー、サマラ・ウィーヴィング、オリヴィア・ワイルド ほか
配給:東和ピクチャーズ
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