認知症が進行していく父親の視点から描いた『ファーザー』(2020)。名優アンソニー・ホプキンスの繊細な演技で物語の厚みが増し、登場人物のそれぞれの気持ちに共感できる切ない映画だった。
『ファーザー』はフロリアン・ゼレール監督の長編映画監督デビュー作であり、アカデミー賞脚色賞を受賞した。次にゼレール監督が描いたのは、愛しているのに届かない親と子の<心の距離>を描いた『The Son/息子』である。本作は3月17日(金)より公開される。
いつの時代も、どこの国でも、思春期の子供との親子関係は難しい。夫婦は愛し合い、子供が生まれたはずなのに、二人の関係が壊れ家庭が崩壊すると、一番巻き添えを食うのは子供だ。友人や学校の先生、あるいは愛情深い祖父母、また医師など手をさしのべてくれる誰かによって救われることはあるが、そうはいかない場合もあるのだろう。
父親・ピーターを演じるのは、『レ・ミゼラブル』(12)で主人公のジャン・バルジャンを演じアカデミー賞主演男優賞にノミネート、ゴールデングローブ賞主演男優賞を受賞した演技派俳優のヒュー・ジャックマン。脚本に惚れ込んだヒュー・ジャックマンは映画への参加を熱望し、面識もないゼレール監督に逆オファー、主演のみならず製作総指揮者となったという。
ストーリーを簡単に紹介すると……。
ニューヨークで一流弁護士として活躍するピーター(ヒュー・ジャックマン)は、再婚した妻のベス(ヴァネッサ・カービー)と生まれたばかりの息子と幸せに暮らしていた。元妻のケイト(ローラ・ダーン)との間には、17歳の息子ニコラス(ゼン・マクグラス)がいたが、彼はひと月近く不登校になっていた。理由を聞いても答えず、母親に憎しみの目を向ける。困り果てたケイトはピーターに相談する。ピーターが不登校の理由を聞いても「分からない」と繰り返すばかり。ニコラスは「頭がおかしくなりそうだ。父さんと暮らしたい」と懇願する。間もなくピーターの新しい家庭で暮らすことになるが、「父が家を出でから母は父を罵り、僕は体が二つに引き裂かれるようだった」とニコラスはベスに訴える。ピーターはニコラスを近くの学校に通わせ、セラピーも受けさせて落ちついてきたように見えたが、そうではなかった。ナイフで自傷行為をしていることをベスに見つけられたニコラスは、「痛いと、その時は苦痛を実感できる。父さんは母さんを傷つけ僕も傷つけた」とピーターを非難する。
ピーターも、父アンソニー(アンソニー・ホプキンス)とは、子供の頃うまくいっていなかった。暴君的で家庭を顧みない父親が嫌いだった。ニコラスとどう接していいか困惑し、ピーターがニコラスに発した言葉は、かつて嫌っていた父親が吐いた言葉と同じだったことに愕然とする。ピーターとベスもだんだん険悪になっていく。何とか修復しようとするのだが、ついに悲劇が起きてしまうのだ。……
苦悩する父ピーターが痛々しい。子供を愛し、成長を願い奮闘するのだが、子供にその気持ちが伝わらない。心の距離が埋められないのだ。思春期の真っ只中にいる子供は傷つきやすい。それゆえ、まわりの人間は子供たちを注意深く見守る必要があるのだろう。あのとき、こうすればよかったと思うことは誰にもある。ピーターとニコラスの関係も振り返ればあの判断がいけなかったのだろうかと悔やまれるが、ではピーターはどうすればよかったのか。あなたならどうする、と監督は問いかける。
製作総指揮と主演を務めたヒュー・ジャックマンが、「多くの人々が、自殺、うつ病、不安症の問題に悩んでいる。その原因は、少し話し合っただけでわかるほど単純ではないが、話すことが重要だ。本作のような映画は、会話を始める重要なきっかけになると思う。このテーマをここまで知的に美しく、そしてはっきりと描き出している作品に参加できて、誇らしい気持ちだ」と語っている。
厳格で冷酷な父親役で強烈な印象を与えたアンソニー・ホプキンスの父親像も対照的だ。ナイーブな17歳を演じたゼン・マクグラスは、オーデションで選ばれた新人だというが、人生に葛藤する10代を等身大で演じた。家族の絆、愛をテーマにした本作は、多くの人の心に響くに違いない。私たちに必要なのは、心の病に悩む人たちを受け入れ、語り合うことなのだろうと思わずにいられない。
『The Son/息子』は、3月17日(金)TOHO シネマズ シャンテ他全国ロードショー
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