人生の最期にこんな出会いがあったら素敵なことだと思わせてくれる、そんな映画だ。
医師の忠告で介護施設に入居することを決意したマドレーヌ(リーヌ・ルノー)は92歳。住み慣れた自宅とお別れし、施設に向かうためタクシーを待っていた。そこに現れたのが、パリのベテランタクシー運転手のシャルル(ダニー・ブーン)だった。シャルルは、免許停止まであと2点、懸命に働いても生活は苦しく、医者をしている兄に度々借金をする始末。そして嫌味を言われる日々だった。当然顔は不愛想になる。
無線が入りマドレーヌを迎えに行くことになったがそこはパリの中心地からも遠く、渋々引き受けた仕事だった。マドレーヌを乗せると、「ちょっと、寄り道をしてくれない」とお願いされるのだ。浮かない顔のシャルルを相手に、車窓を見ながらマドレーヌは自分の人生を語り始める。それは想像をはるかにこえた数奇な運命を背負った人生だった。
マドレーヌが16歳のとき、父はナチスに銃殺された。最初に寄ったのは、犠牲になった父の名前の刻まれている碑の前だった。マドレーヌは涙を流す。父が亡くなった数日後、マドレーヌはパリにやってきたアメリカ軍の兵士と燃えるような恋に落ちるが、彼が帰国してしまった後で妊娠がわかる。未婚の母の道を選ぶがその時代には容易なことではなかった。その後結婚するが、夫は優しかった恋人時代と人が変わったようになり、息子を守るため夫との衝撃的な事件を起こしたのだった。
マドレーヌの話を聞いているうちにいつの間にかシャルルの荒んだ心が癒されてくる。介護施設に送り届けたときは、シャルルは母親をいたわるような気持ちに変わっていた。別れた後にこの映画のクライマックスを迎える……。さて、どんなクライマックスだろうか。
マドレーヌを演じるリーヌ・ルノーは、歌手や女優としても活躍するフランスの国民的スターであり、2022年にはフランス最高の勲章であるレジオン・ドヌール勲章も受賞している。実年齢もほぼマドレーヌと同じでパリの上品なマダムがぴったりだ。運転手のシャルルを演じるダニー・ブーンは、フランスを代表する人気コメディアン。二人は実生活でも親交が深く、「ダニーは私の息子よ」と公言するくらいだ。
エッフェル塔、シャンゼリゼ通り、ノートルダム寺院、凱旋門、パルマンティエ大通り、二人が入った洒落たビストロのお店と、パリの美しい街角の映像で、パリの街を観光している気分にも浸れるのも魅力だ。
介護施設に入るために素敵な自宅を手放さなければならなかったマドレーヌは人生の限界を感じていたのだろう。そしてタクシン―の道中で自分の過去を振り返る。マドレーヌと出会う前のシャルルは周りのあらゆることから心を閉ざし、人生を悲観的に捉えていた。「奥さんとは恋愛結婚?」などと質問をされ、マドレーヌの物語を聞くうちに、シャルルは人生で本当に大切なことは何かについて気づかされ、人生には様々な美しいことがあること見出していく。二人にとってこの出会いはとても貴重だった。マダムが会話の中で発する「微笑むたびに人は若返るのよ」、寄り道を渋るシャルルに「長い人生の10分なんて大したことないのよ」といったことばも忘れ難い。
とても鑑賞後のあと味がいい作品だ。
『パリタクシー』は、4月7日(金)より、新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町ほか全国公開。配給:松竹 ©2022-UNE HIRONDELLE PRODUCTIONS, PATHE FILMS, ARTÉMIS PRODUCTIONS, TF1 FILMSPRODUCTION