芳賀一郎(内野聖陽)は、ひたすら春画を偏愛し研究に没頭する変わり者で、「春画先生」と呼ばれるほどの数寄者。春画の奥深い魅力に憑りつかれた芳賀は、『春画大全』の執筆制作に取り組む大仕事がある。そんな折、退屈な日々を漫然と過ごしていた春野弓子(北香那)はこの春画先生と出会い、地響きがする中で衝撃的な春画鑑賞体験をしてしまう。恥かしげもなく目の前に広げられた男根の大きさに目を見張り、交合している女の陰部に釘付けになった。名にし負う、鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川国貞ら、著名な浮世絵師のほとんどが春画を手がけているし、江戸時代、〝笑い絵〟ともいわれ単に好色な男たちのためだけでなく身分階級、老若男女を問わず楽しんでいた。この大らかな精神が弓子の心をとらえるうちに、芳賀への恋心が芽生えるが、そこに『春画大全』出版の担当編集者で通称いい加減な色男・辻村俊介(柄本佑)が登場。春画の刺激の渦の中にどっぷりと浸かった弓子は、辻村を春画先生と錯覚して受け入れてしまい、弓子は女として〝覚醒〟してゆくのだった。芳賀の亡き妻の姉・藤村一葉(安達祐実)が絡んで波乱が巻き起こし、芳賀と弓子と一葉の三人の関係もまた、春画の風雅で面妖な世界を映しこんでいるかのように締めくくられていく。
江戸の文化の裏の華である〝笑い絵〟(略して「ワじるし」ともいう)は、どこまでも陽気であからさまな艶やかさ、えもいわれぬユーモアも含んで、じっと眺めては浮世の解毒剤として庶民は密かな楽しみとしたのではないだろうか。プロデューサーの小室直子氏は、2015年に東京目白台の永青文庫で開催された「春画展」での見聞が本作のヒントになったという。来場者には女性客が半数を占め熱心に見入っていたこと。性器が誇張された性愛絵も女性たちは全く嫌な気持ちになっていなかったことなど、春画と真剣に向き合うきっかけを語っている。偶然にも手元に永青文庫での「春画展」の分厚い図録があるが、監督の塩田明彦は、春画とは明るくて大らかな「人間讃歌」であると謳っているように、まさに図録のページをくくればくくるほど〝愛の讃歌〟が惜しげもなくつづくのである。
因みに、春画を取り扱うことは日本映画のタブーとされ、性器部分の描写は映倫審査ではボカし加工が必要だった。しかし、本作は、映倫審査で区分【R15+】として指定を受け、全国公開の商業映画作品として日本映画史上初の無修正の浮世絵春画描写が実現した。
『春画先生』
出演:内野聖陽 北香那 柄本佑 白川和子 安達祐実
原作・監督・脚本:塩田明彦
配給:ハピネットファントム・スタジオ
<R15+>
Ⓒ2023「春画先生」製作委員会
10月13日(金)全国ロードショー