映画館へ行くのは、その世界に包まれる為に行くのではないでしょうか? 先ずはストーリー、出演者、監督でチョイス。見終わった後、満足、などという表現を通り越して、とめどなく深く、濃く、まるで永遠に続くかと予感する幸福感、満足感がじわっと押し寄せる作品があります。『ポトフ 美食家と料理人』は、そんな作品です。
本作は、ミシュランガイドが発刊された1900年より5年前のフランスはブルジョワの素敵な城館が舞台。(奇跡的にアンジュー地方で見つけたシャトーで撮影できたので、もうその本物感、美しき重厚感だけでもノックアウトされます。)そこで20年来、料理人ウージェニーは〈食〉を〈芸術〉にまで高めた美食家ドダンと暮らしていました。
ここのところフランス映画の熟女ヒロイン作はイザベル・ユペールが続きましたが、ジュリエット・ビノシュのファンには待ちに待った登場です。彼女が素晴らしい演技を彼女らしくたおやかに、かつ凛とした職業人として、オーガニックコットンを着こなし、この料理人を演じています。
彼女と強い信頼、絆で結ばれたドダンは、実際に一時パートナーでもあった、ブノワ・マジメルが演じています。二人の恋愛、人生を眺めるだけでも充分楽しいのですが、見どころはまだまだ入口です。
メガホンを取ったトラン・アン・ユンのデビュー作にしてカンヌ、セザールW受賞した『青いパパイヤの香り』(1993)をご覧になりましたか? あれから早30年、すっかりベテラン監督の画面は完璧なはずです。光と色の使い方が素晴らしく角度も効果的なのでしょうか? この上無く美しいシーンの連続です。
料理監修は泣く子も黙るあの〝厨房のピカソ“ ピエール・ガニェール。2010年より東京店(ANAインターコンチネンタルホテル東京内)も復活されました。
古色を帯びた素敵な厨房に繰り広げられるゴージャスメニューとポトフ始めジビエ、ポアレ、コンソメの古典的レシピの美しき調理の様子、流れと、魅力ある食器、調理器具たち。
こんなにチャームポイントが沢山の作品ですが、一番の見どころは、まるで一年中秋の様な大人の深い愛、生き方、考え方がしっとりと語りかけてくれる空気感にあふれている点です。音楽はラストのみで、調理の幸せなサウンドと鳥のさえずりが映画音楽の代わりとは、何て素敵なのでしょう。
「デザートから始める結婚もある」との会話もあったような……。
『ポトフ 美食家と料理人』はこの様な喜びのコンソメに溢れる、すてきな作品です。
(映画ライター・西野悦子)
『ポトフ 美食家と料理人』
2023年12月25日(金) Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
第76回カンヌ国際映画国際映画祭 最優秀監督賞受賞、第96回アカデミー賞 国際長編映画賞フランス代表
配給:ギャガ GAGA
公式HP:https://gaga.ne.jp/pot-au-feu/