不動産価格の高騰、経済の低迷により、正規の住宅を失った低所得者層、移民労働者が掘っ立て小屋やビニールハウスに住んでいるという社会問題が起こっている韓国の格差社会。いわば不動産階級社会の現実はまさに〝ビニールハウス〟が象徴しているようだ。映画『ビニールハウス』で監督・脚本を手がけたイ・ソルヒは、1994年生まれで本作がデビュー作という新人でありながら、第27回釜山映画祭で3冠に輝き、さらに主演のキム・ソヒョンは、韓国主要映画賞女優賞等6冠を受賞、韓国インディペンデント映画としては異例の反響を呼び起こした。3月15日(金)より全国順次公開となる。
主人公のムンジョン(キム・ソヒョン)は、視力を失った元大学教授のテガンと認知症が進んでいる妻のファオクの裕福な老夫婦のもとで、訪問介護士兼家政婦として働いている。離婚したムンジョンには一人息子がいるが少年院に収容中で、さらに実の母も認知症で入院中という不遇に見舞われ、自身も精神的に不安定で、自分で自分を殴る自傷行為がある。心の問題を抱えた人たちが集まるグループセラピーに参加しているが、住まいはソウル郊外の農村地帯にポツンと佇む〝ビニールハウス〟だ。
少年院に入っている息子が出所したら一緒に住むことを夢見ながら、懸命に働いているのだが、浴室でファオクの髪を洗っているとき悲劇が起こる。突然暴れ出したファオクを止めるため揉みあいになると、足を滑らせたファオクが後頭部を打ち絶命してしまう。善良なムンジョンは、震えながら受話器を取り、警察に連絡しようとするがそこに息子からの電話が入る。少年院から出てくる我が子との未来が重なって、咄嗟に隠ぺいしようとするが―。
ムンジョンを演じるキム・ソヒョンは、高級住宅街に住む家族たちがドロドロの受験戦争を繰り広げたドラマ「SKYキャッスル~上流階級の妻たち」(2018-19)で、冷酷な入試のコーディネーター役で大ブレイク。それまでも悪女的な役がはまる演技派女優として、ドラマや映画の出演作も多い。都会的でファッショナブルな役が似合う女優だが本作では〝ビニールハウス〟で暮らす底辺の人間を見事に演じきった。紳士的な元大学教授、テガンを演じたのは舞台俳優としてのキャリアも長いヤン・ジェソン。認知症の妻、ファオクは、舞台女優からはじまり、ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」(22)等にも出演したシン・ヨンスク。演技派俳優たちの共演で、まるで現実のようなリアリティで迫ってくる作品である。
キム・ソヒョンは、「綱渡りのような危うい人生を生きる彼女こそ、まさに私自身ではないかと感じ、最初に台本を読んだとき涙を流した」というほど台本にのめり込んだ。華やかな世界で演じることを生業とした女優、キム・ソヒョンにして、高齢化社会における、生活や介護は他人事ではない。
2019年にアカデミー賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』で、格差が進む韓国の住宅事情に驚いたが、半地下はまだマシなのかもしれない。
『ビニールハウス』
3月15日(金)よりシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
配給:ミモザフィルムズ
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【公式サイト】https://mimosafilms.com/vinylhouse/