24.08.15 update

独裁者の座を狙う男か、国を守ろうとする男か ─国家の命運をかけた攻防!韓国史を揺るがした衝撃の事件の映画化『ソウルの春』

 アカデミー賞作品賞に輝いた映画『パラサイト 半地下の家族』(19)を上回る観客動員数を叩き出した『ソウルの春』が、8月23日(金)より日本公開となる。ちなみに日本映画の歴代興行収入のナンバーワンは、2020年の『劇場版 「鬼滅の刃」無限列車編』、2001年の『千と千尋の神隠し』と続く。お国柄によってこうも違いがある。隣国、韓国国民の民主化への熱望がまさに観客動員数に現れているといえよう。

 韓国の歴代大統領については、収賄事件で逮捕される、親族の不正資金を受け取った事件で自殺するなど、何かと暗く重い事件が多いイメージがある。二人の大統領経験者が白い囚人服で司法の場に立たされているニュース映像も記憶に新しい。その韓国政界の騒擾事件はやはり長い軍圧による政権下にこそ火種があったのだろう。

 1963年に就任した朴正熙(パク・チョンヒ)大統領は、79年10月26日に側近の中央情報部(KCIA)部長に射殺された。朴大統領は18年にわたる長期政権で、国民は動揺しながらも民主化への期待が高まっていった。そんな中起こったのが、12.12軍事クーデターである。韓国現代史の事件の中で、「10.26(朴正熙大統領暗殺事件)」や80年5月18日、光州での民主化デモ鎮圧のため軍隊が派遣され多数の市民が虐殺された「5.18(光州事件)」などは映画化され公開されてきた。しかし、もう一つの大きな事件である79年12月12日に起きた軍事クーデターを題材に映画化に至ったのは本作が初めてである。

 本作のキム・ソンス監督は、当時19歳で漢南(ハンナム)洞に住んでいて、恐ろしさに震えながら銃声の音を聞いていたという。このクーデターは回顧録や評伝、記事などの多くの資料が残っているが、謎も多い。しかし、キム・ソンス監督はクーデターを起こしたチョン・ドゥグァン(ファン・ジョンミン)の暴走を食い止めるべく立ち上がった正義感溢れる首都警備指令官イ・テシン(チョン・ウソン)の二人の指揮官を軸に、彼らの対立と攻防を緻密に描写することでクーデターの全貌を描いた。本作は、10月26日の大統領暗殺事件の当日から始まり、保安司令官のチョン・ドゥグァンが、戒厳法に基づき合同捜査本部長に任命され、12月12日の軍事クーデターの緊迫した9時間の攻防が緻密にドラマチックに描かれている。特に二人の名優、ファン・ジョンミンとチョン・ウソンは、悪代官に挑む正義派といった構図がわかりやすく、軍に関連する場所や小道具、衣装などもリアルに時代背景を描写しており、さながらドキュメンタリー映画のような展開で、手に汗を握る場面が続く。

 チョン・ドゥグァンのモデルがチョン・ドゥファン(全斗煥)だとわかるが、彼は、80年に大統領に就任し8年間実権を握った。その間には、オリンピックの招致、日米との連携により経済を発展させるなど功績も残しながら、金賢姫らによる大韓航空機爆破事件、親族の汚職、不正蓄財などダーティーなイメージを重ねた大統領だった。90歳で亡くなるが、元大統領の国葬が見送られたのは初めてであり、国立墓地への埋葬も見送られた。

 かつてチェコスロバキアの「プラハの春」に準えられた映画『ソウルの春』は、1300万人以上を動員した。韓国では4人に1人が劇場に足を運ぶという歴代級のメガヒット作になったという。大統領暗殺、軍事クーデター、光州事件等々を経て多くの血を流した後の民主化は本物だったのか。わずか40数年前に起きた韓国史を揺るがした衝撃的な事件に、韓国民ならずともじっと目を向けてみる価値はある。

『ソウルの春』
8月23日(金) 新宿バルト9ほか全国公開
配給:クロックワークス
© 2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.公式HP:https://klockworx-asia.com/seoul/

映画は死なず

新着記事

  • 2024.09.13
    アメリカ合衆国、内戦勃発!再び起こり得る〈南北戦争...

    10月4日(金)全国公開

  • 2024.09.13
    国立西洋美術館「モネ 睡蓮のとき 」観賞券

    応募〆切:10月10日(木)

  • 2024.09.12
    堤真一&瀬戸康史、大東駿介&浅野和之という2組によ...

    公演:東京、大阪、福岡

  • 2024.09.12
    谷村新司、堀内孝雄、元モーニング娘の安倍なつみ、や...

    水越恵子「Too far away」

  • 2024.09.12
    SOMPO美術館「カナレットとヴェネツィアの輝き」...

    応募〆切:10月10日(木)

  • 2024.09.11
    新選組・副隊長の土方歳三をニヒルな風貌と演技で天下...

    土方歳三の雛型を創り上げた栗塚 旭

  • 2024.09.05
    引きこもりの愉しみ─萩原 朔美の日々   

    第22回 キジュからの現場報告

  • 2024.09.05
    尾上松也、瀧内公美、段田安則らが織田作之助の『夫婦...

    東京、愛知、大阪公演

  • 2024.09.05
    今年4月、84歳で逝ったいぶし銀のような名バイプレ...

    佐川満男「今は幸せかい」

  • 2024.09.04
    上村松園の渾身の名作《雪月花》三幅対も公開!皇居三...

    9月10日(火)~10月20日(日)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial