映画作品の好き嫌いや面白さの基準は人それぞれであるが、ストーリーの面白さに惹きこまれる作品と、映像美に惚れ込む作品の2種類があると思う。『秘密の森の、その向こう』は、どちらかと言えば、その映像美に圧倒された。72分という短い時間で完結する物語でありながら、余韻の残る作品であった。
<不滅の名作>と絶賛された『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督の最新作であり、ベルリン国際映画祭での上映を皮切りに各国の映画祭でも高い評価を受けているという。
8歳のネリーは、大好きな祖母が亡くなり、森の中にポツンと佇む祖母の家を母と訪ねる。何をみても思い出に胸を締め付けられる母は何も言わず、一人家を出てしまう。残されたネリーは片づけをする父を手伝うのだがそればかりでは次第に飽きてしまう。家から出て森の中を探索しているうちに、一人の少女と出会う。少女はネリーと同じ8歳。「マリオン」と名乗るのだ。「マリオン」は、母の名前と同じ……なのである。
無邪気で可愛いネリー役の少女と瓜二つのマリオン役の少女、それに森の中の美しい景色に見とれていると、ストーリー重視派はこんがらがって来るからご注意を。
マリオンの家に招かれるネリーだが、その家は、祖母の家だったのである。そして、マリオンは、8歳の母だったのである。その家には、若かりし頃病に悩む祖母もいた。
「?」となるが、タイムスリップしたわけでもなく、ミステリーでもファンタジーでもない。映画ならではの奇跡をもたらしたシアマ監督の仕掛けによって、娘・母・祖母の三世代の喪失を癒してくれるのだ。
8歳の愛らしい少女を演じた二人は、実の双子姉妹で、映画初出演だという。この少女たちが今後どのように成長するかとても楽しみだ。シアマ監督が特に留意したのが衣装だそうで、1950年代から現在までの小学校のクラス写真を吟味し、各世代の子供たちが着ている服の共通点を探し、衣装を選んだ。どこか懐かしく感じるのは、そんな監督の細かいこだわりにあったのだろう。
母娘の愛と喪失を描いた作品はたくさんあるが、独創的なストーリーで、映像も美しい唯一無二の世界を創りあげたセリーヌ・シアマ監督が絶賛される所以だろう。
『秘密の森の、その向こう』は、9月23日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開。配給:ギャガ