25.03.17 update

歌手として大ヒット曲「ブルー・ライト・ヨコハマ」を放ち、向田邦子作品、倉本聰作品などで女優としての印象に残る〝女〟を演じて魅せた昭和の輝ける星・いしだあゆみが逝った

 「ブルー・ライト・ヨコハマ」以降、「涙の中を歩いてる」「今日からあなたと」「喧嘩のあとでくちづけを」「あなたならどうする」「昨日のおんな」「何があなたをそうさせた」「止めないで」「砂漠のような東京で」「おもいでの長崎」「さすらいの天使」「生まれかわれるものならば」「渚にて」「幸せだったわありがとう」「時には一人で」など、次々とヒット曲を出し、「夜のヒットスタジオ」をはじめとする歌謡番組の常連となった。

 73年の映画『日本沈没』あたりから女優として演技力が高く評価されるようになり、『青春の門 自立編』(報知映画賞助演女優賞、日本アカデミー賞優秀助演女優賞)、高倉健の元妻役で、動き出した汽車の中で笑って敬礼をするその目に涙があふれる印象的なシーンが観客の心に刻み込まれた『駅 STATION』(日本アカデミー賞優秀助演女優賞)、マドンナを演じた『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』(『野獣刑事』とあわせて日本アカデミー賞優秀主演女優賞)、緒形拳の妻を演じた深作欣二監督『火宅の人』(『時計 Adieu l’Hiver』とあわせてブルーリボン賞主演女優賞、毎日映画コンクール女優主演賞、報知映画賞主演女優賞、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞)など、再び女優業に比重を置くようになった。

 テレビドラマでも、萩原健一と共演した「祭ばやしが聞こえる」をはじめ、「事件」、「金曜日の妻たちへ」、NHK連続テレビ小説「青春家族」「春よ、来い」「芋たこなんきん」など多数の作品に出演。特に「だいこんの花」、「冬の運動会」、「阿修羅のごとく」、「源氏物語」などの向田邦子脚本作品や、「川は泣いている」、「北の国から」、「やすらぎの刻 道」などの倉本聰脚本作品で輝きを放っている。大竹しのぶ、田中裕子、根津甚八らと共演した立原正秋の小説をドラマ化した「恋人たち」も忘れがたい。

 
 歌手活動としては、77年に、ティン・パン・アレーと共同制作をし、「いしだあゆみ&ティン・パン・アレイ・ファミリー」名義でリリースしたアルバム『アワー・コネクション(Our Connection)』でのニューミュージックテイストのシティ・サウンドで聴かせる歌唱が評判を呼んだ。

 
 96年に、〝夏の紅白〟とも呼ばれていたNHK思い出のメロディで久々に歌手・いしだあゆみとして出場した。この年は、〝ニッポン歌謡黄金時代〟をテーマに昭和40年代の曲を中心に放送されただけあって、田端義夫、松山恵子、舟木一夫、森進一、加山雄三、布施明、五木ひろし、黛ジュン、ピンキーとキラーズ、鶴岡雅義と東京ロマンチカ、藤圭子、ジェリー藤尾、ワイルドワンズ、南こうせつ、石川さゆりなど27組の多彩な顔ぶれだった。

 いしだあゆみは、白地に花柄のサーキュラードレスというのだろうか、裾にかけて広がりを持たせたドレスで登場。キンキラキンの派手なステージ衣裳ではないところが、この人のセンスというか品性のように感じられた。赤(もしかしたらオレンジ色かもしれない)で統一されたイヤリング、指輪、ブレスレットも、実際には高価なものかもしれないが、まるでプラスチックの子どものアクセサリーのようにも見え、その遊び心がすてきだと感じた。もちろん披露したのは「ブルー・ライト・ヨコハマ」。間奏後に、そのドレスをフワフワさせながら「歩いても 歩いても」と歌う姿が、すばらしくチャーミングだった。ちなみに是枝裕和監督、阿部寛主演の映画『歩いても 歩いても』は、この曲からとったタイトル。また、同じく是枝監督、阿部寛主演の映画『海よりもまだ深く』は、テレサ・テンの「別れの予感」の歌詞からとったタイトルである。

 久しぶりの歌手としてのステージだったためだろうか、最初はやや緊張の面持ちだったが、歌い終わったとき、いしだあゆみの表情に浮かんだ安堵感と満足感が印象的だった。ぼくは、このときの「ブルー・ライト・ヨコハマ」が一番好きだ。

 
 横浜港が開港150周年を控えた2008年12月から、京急本線の横浜駅で入線メロディとして使用されている。また、横浜港開港150周年の2009年に、横浜市が「横浜市のご当地ソング」のアンケートを募ったところ、2位の童謡「赤い靴」に大きな差をつけて、「ブルー・ライト・ヨコハマ」がダントツの1位だった。たしかに、横浜の街を歩いていると自然と「ブルー・ライト・ヨコハマ」のメロディを口ずさんでいることがある。それにしても、「ブルー・ライト・ヨコハマ」を歌ういしだあゆみは美しかった。

 〝女〟〝おんな〟〝オンナ〟とさまざまな女人像を演じられる稀有な女優であったことを思うと、この先も女優としてもまだまだ活躍できたはずなのに、とその死が惜しまれる。亡くなったという現実と直面して、ぼくの中で、いしだあゆみが大きな存在であったのだと思い知らされている。

 

文=渋村徹 イラスト=山﨑杉夫



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